二人なら名乗って渡せば済んだものが、六人になると急に難しくなる。上司の隣で名刺を持ったまま、誰の前へ進むのか分からない。相手の役職を読む前に、自分の順番ばかり気になる。
私は、こういう場面を新人の度胸の問題にする上司を信用しない。連れてきた者が、誰をどう紹介するかも決めずに立っている。それで部下の手際だけを採点するのは、随分と都合がよい。
基本は責任者同士から。全員一律の順番ではない
双方が複数なら、一般には役職の上の人同士から交換を始め、自分は上司の動きを見て続く。会社・業界や人数で進め方は異なるため、主催者の紹介やその場の案内を優先する。
例えば自社が部長と担当、相手が責任者と担当なら、まず責任者同士の交換を待つ。その後は紹介に沿って進める。役職が分からなければ、見た目や年齢だけで決めず、上司の紹介を受けて一人ずつ名乗ればよい。
最初の挨拶で関係が分かるようにするのも、上司の仕事である。部下には空気を読めと言いながら、自分は役職しか名乗らない。空気より先に、紹介する言葉がある。
高田実彦記者は、初めて長嶋茂雄へ挨拶したとき、長嶋が座布団から下り、手をついて頭を下げたと語っている。迎える側の名前が大きくても、動作を省かなかった。その一度の応対が、記者の記憶に残ったのである。
その話を聞いても椅子から動かず、部下の名刺の角度だけを採点する部長には、まず長嶋の動いた順番から教えておきたい。部長になった年数だけで、巨人の長嶋より手順を省けるものではない。
同時交換でも、名乗りを省いて次へ進まない
一般的な同時交換では、右手で自分の名刺を差し出し、左手で受け取ってから両手で持ち直す。無理に交差させず、先に受け取ってから渡してもよい。一人ごとに所属と氏名を伝え、相手の名前も確認する。
紹介の例は「営業部の山田です。本日の導入後の窓口を担当します」。いずれも架空の例である。片手がふさがっているのに慌てて次の人へ進むより、受け取った名刺を整え、相手へ向き直る方が混乱しにくい。
両手を何度も持ち替える練習だけして、人の名前を聞いていない。手の順番には詳しいのに、誰の担当なのかは最後まで分からない。それでは交換したのは紙だけだ。
山田収記者は、長嶋監督へ初めて名刺を渡して挨拶した後、数週間を経た多摩川の自主トレで名前を呼ばれたと語っている。何枚受け取ったかではなく、一人を覚えていたから残る挨拶になった。私はこういう名乗りを、交換速度の競争より重く見る。
机には相手の席順に置き、名前を確かめる
受け取った名刺は、打ち合わせ中に相手の着席順へ合わせて並べると、顔と名前を照合しやすい。狭い机では無理に広げず、資料の邪魔にならない範囲に置く。名刺の上に物を重ねたり、無造作に扱ったりしない。
読み方に迷った場合は「お名前は何とお読みすればよろしいでしょうか」と確認できる。並べ方だけで覚えたつもりにならず、発言した人と担当する内容を確かめる。仕事の内容を後で残す方法は名刺の整理と用件の残し方で扱っている。
名刺を一番きれいに並べた人が、会議を一番理解しているとは限らない。役職順へ整え直すことに熱中して、いま話している相手の名前を取り違えるのでは、本末転倒である。
もっとも、私の前へ昔の巨人を知る人が来たなら、担当欄だけ見て済ませることはできない。いつ、誰と、何を見てきた人なのか。その話を聞く時間まで一律に短縮されては、名刺の小さな欄に人間を合わせることになる。
順番が崩れても、目の前の相手を待たせない
相手から先に差し出されたら、順番をやり直すために受け取りを止めず、丁寧に応じる。交換漏れがあれば区切りで名乗る。枚数不足ならその場で伝え、後の渡し方は会社の方針と相手の都合に合わせる。
「まだご挨拶できておりませんでした。[所属・氏名]です」のように、短く補えばよい。名刺を切らした場合に、他人の名刺へ書き換えて代用するような処理はしない。何人と会う予定かを、訪問前に確かめておく。
手順から外れた一瞬を捕まえて、新人の礼儀を論じ始める管理職がいる。相手の手が伸びているのに、役職順だから待てと止める方が、よほど相手を見ていない。
ただし、昔からの顔が来たときまで、予定表の人数に埋めてほしくはない。長く付き合った者の紹介には、短い肩書では済まない中身がある。初対面を公平に済ませる係と、長い付き合いを分かっている者を、同じ仕事として数える必要はない。
まとめ
複数人の名刺交換は責任者同士を基本に、紹介と現場の流れへ合わせる。一人ずつ名乗って受け取り、机では席順に置く。順番を守ること自体より、交換漏れと名前の取り違えを防ぐことが大切だ。
長嶋は座布団から下りて挨拶し、山田収記者には、初対面から数週間後にも名前を呼んだという。紙を何枚交換したかだけでは残らない扱いがあった。私は、名刺交換の速さだけを上司の点にしない。
初対面の用件は、名前と役割が分かるように短く進めればよい。ただ、古参を紹介する場面まで、他の一人と同じ秒数へそろえる必要はない。その者が誰を見てきたかは、現在の肩書一行より長く残っている。
予定の五分を超えるという部長には、先に自分の挨拶を縮めてもらいたい。先輩の説明は長く、自分の紹介は短い。それで初めて、聞く相手を分かって連れてきたという採点ができる。
名刺は小さくても、そこへ収めた人の年月まで小さくなってはいない。私は、紙の規格に合わせて昔の巨人を知る者の紹介を切るつもりはない。











