会議へ案を持って行くと、先に話を通しておくべきだったと言われる。それで今度は先に相談すると、まだ決まってもいない話を持って来るなと言われる。仕事は始まらないが、相談する時機だけは毎回あとから決まる。
私は、事前に話をすることを無駄だとは思わない。ただし、賛成者の名前を集めるために歩くのと、案を確かめるために歩くのでは、持ち帰るものが違う。話した人数が増えたところで、まだ誰も中身を見ていないことはある。
仕事の根回しは、裏工作と何が違うのか
ここでいう根回しは、正式に決める前に関係者へ案を説明し、懸念や必要な条件を確かめること。反対意見を隠す、承認されたように見せる、相手ごとに違う約束をすることとは分ける。相談中なのか決定済みなのかを明示し、正式な判断手順は省かない。
巨人の柴田勲は、一九七三年のシーズン中、王貞治とともに川上哲治監督から宿舎の部屋へ呼ばれたと回想している。川上は監督を退き、次は長嶋茂雄になると話し、そのときは協力してほしいと二人へ伝えたという。発表の日取りだけを配った話ではない。
私は、誰へ何を引き受けてほしいかがあるところを見る。何となく上の人へ顔を出して、よろしくと言って戻るのとは違う。会社でも、部長と話しましたという報告だけで済ませず、部長は何を確かめ、何がまだ決まっていないかを聞きたい。顔を見たことが成果なら、廊下を歩く方が早い。
誰に、どの順番で相談すればよいか
判断する人、実際に作業する人、変更の影響を受ける人を分けて確認する。上司と必要な相談先・順番を合わせ、現場の条件も早い段階で聞く。役職が上の人だけを回って終えず、機密情報は権限のある範囲で共有する。全員へ同じ説明を繰り返す必要はない。
廣岡達朗は、ヤクルト監督時代、自分が連れて来た森、植村の両コーチを、相談なく外されたと振り返っている。人事をどう決めたかについては本人の受け止めを含む回想だが、少なくとも、現場を預かる者には聞いてほしかったという不満が残っていた。
上で話が済んだので下へ知らせる、という順序だけでは、下に残る仕事まで済まない。巨人で捕手を務めた森がどこへ行っても、名前だけ一行移せば同じ指導が始まるわけではないのである。会社の人事表も、線を引き直しただけで、教わっていた者の疑問まで消せると思わない方がよい。
事前の相談では何を伝えるか
目的、変更案、相手の仕事への影響、まだ決まっていない点、確認したいことを短く示す。「来月から受付を一本化する案です。御部署で増える作業と、難しい条件を確認したいです」のように相談できる。賛成か反対かだけでなく、理由と必要な修正を残す。
川上が王と柴田へ伝えた話には、長嶋を支えるという相手の役目があった。二人の前へ、次の監督について一言どうぞ、とだけ出したのではない。何を期待しているのかがあるから、聞いた側にも、それを受けるのかという仕事ができる。
ところが会社の相談では、差し支えなければ賛成してください、と先に頼んでしまう。差し支えるところを調べるのが用事ではなかったのか。もっとも、王と柴田へ頼む重さと、新人へ資料の色を確かめる軽さまで、同じ相談時間に揃える必要はない。先輩への説明には、提案する者の姿勢も含まれている。
意見が割れたり、案が変わったりしたら
懸念・条件・代案を整理し、決められる範囲を超える点は責任者へ戻す。反対を消したことにせず、判断材料として共有する。案を変えた場合は、前の説明から何が変わったかと影響を再度伝える。沈黙や「聞きました」を承認と読み替えない。
柴田によると、一九七三年のオフには川上から、翌年も監督を続けることになったと伝えられた。長嶋がもう一年現役を望んだという話だったが、その理由まで柴田が知っていたわけではない。先に話をしたから、変更後の連絡が要らなくなることはなかった。
私は、一度伝えたという実績だけで、前の説明を残しておく管理職を評価しない。相談の記録は相手を縛る縄ではない。自分が何を話したかを確かめるものでもある。ただし、昔の巨人で教わったことを、新しい表に載っていないから失効したと数えるのは別だ。担当者が変わっただけで、川上の説明まで更新待ちにはならない。
まとめ
根回しは、決める前に関係者の条件を聞き、案と判断材料を整えるために行う。相談相手と目的を分け、作業への影響や未決事項も伝える。反対意見を隠さず、変更が出たら説明し直し、正式な承認と事前の相談を混同しない。
川上が王と柴田へ話したことを、連絡先が二つあったという数字にしてしまっては困る。巨人の中で誰に何を支えてほしかったか、その中身がある。相談相手は、役職順の名簿を上からなぞるだけでは決まらない。
それなら昔の名簿は要らない、と片づける者も早い。私は、巨人の新しい話をする前に、誰が前の話を知っているかを確かめたい。今の担当者へ相談を済ませても、それで話を通すべき先輩まで減ったことにはならない。










