水筒を持ち歩くと、買わずに済む飲み物は増える。一方で、帰宅した水筒を誰が洗うかという用事は消えない。流しに置いたところで、今日の働きが終わった顔をする者がいる。
私は、使い終えた物を置くことと、片付けることを別に数える。ふたを外し、洗い、乾かし、次に使えるように戻す。その途中を家族の誰かへ黙って渡して、節約したとは言いにくい。
洗う前に、外せる部品と型番を確かめる
水筒は製品ごとに分解できる範囲が違う。取扱説明書で栓・飲み口・パッキンの外し方を確認し、外せる部品だけを取り外す。一体型の部品を無理にはがさず、本体と部品それぞれの手入れ方法に従う。
型番は底などの表示で確認する。取り外した部品はなくさない場所へまとめ、似た水筒のパッキンと混ぜない。説明書が見つからない場合は、メーカーが公開する型番別の説明書を確認する。残し方は取扱説明書の収納方法でも考えている。
同じ丸いふたなのだから、同じように洗えばよいという。見た目を揃えたことで、中の構造まで同じになったわけではない。分解できるか確かめる手間を嫌い、壊した後の買い替えには時間を使う。順序が逆である。
桑田真澄の息子のMattは、父から掃除、洗濯、洗い物を自分でするよう教わったと語っている。家に親用と子供用の浴室があるのも、自分の使う所を自分で掃除するためだという。洗濯も自分でしていると話した。大きい家だから誰かが済ませる、という順序ではなかった。
私は、設備が二つある豪華さだけを話す部長より、使った後に誰が手を出すかを見たい。ただ、教えてきた者にまで、使い始めたばかりの者と同じ時間で完了してもらう必要はない。教える側の確認を、洗い物の競争へ入れるつもりはないのである。
日常は中性洗剤で洗い、十分にすすぐ
使用後はなるべく早く、説明書に沿って本体と外した部品を食器用中性洗剤で洗い、洗剤を十分に流す。内側には届く長さの柔らかいスポンジや適したブラシを使い、硬いたわしや研磨材で傷を付けない。
水やお湯だけを入れていた場合も、使った後の手入れは必要になる。ふたの溝などは、製品が認める道具で洗う。手の届かない所を尖った金属などでこじることは、汚れ落としの代わりにならない。
外側がきれいだから済んだというのも困る。人に見える面だけ磨き、ふたの裏は次の人へ任せる。会社でも、報告に映る所だけ整え、引き継ぎの面倒は部下が拾っている管理職がいる。
桑田家の浴室が二つという部分だけ聞いて、豪華だと片付けるのは早い。私が見るのは、自分の使った場所を自分で扱うという順序である。ただ、教えてきた年長者にまで、教わったばかりの者と同じ速さを求めるのは違う。教える者には、手元を確かめる時間も要る。
食洗機と漂白剤は「水筒なら同じ」にしない
食洗機は対応が確認できる本体・部品にだけ使う。茶渋などを落とす場合も、製品と洗浄剤の表示を優先する。ステンレスの金属本体へ塩素系漂白剤を使わず、異なる洗浄剤を自己判断で混ぜない。
酸素系漂白剤が案内されている製品でも、濃度・温度・時間や使える部位は個別に確認する。つけ置き中にふたを閉めない等の注意も守る。重曹や煮沸を全ての水筒へ使える方法として置き換えない。落ちない汚れや部品の傷みは、メーカーの交換案内を確認する。
洗う手間を減らせる機械はよい。私は、機械を使ったというだけで手抜きとは思わない。ただし、自分の水筒が対応しているかも見ずに入れるなら、便利な物を理解したことにはならない。
昔の巨人のやり方という言葉も、細かい手順を知らずに持ち出せば同じである。桑田が家で何を教えていたかを確かめず、厳しそうな規則を一つ加えて伝統と呼ぶ。指導したことのない者ほど、規則を増やすと仕事をした気になる。
乾燥とパッキンの取り付けまでで、一回の手入れ
洗った後は各部品を十分に乾かし、説明書どおりの位置・向きへ戻す。湿ったまま密閉せず、組み付け時はパッキンの付け忘れやずれを確認する。ひびや傷み、汚れが取れない部品は対応する交換品を確認する。
乾燥時間は環境と構造で変わり、「何分なら必ず乾く」と一律には決められない。乾く前に棚へ戻す都合を優先しない。交換部品は見た目だけで選ばず、型番との適合を確かめる。漏れが続くときは使用を中断してメーカーへ相談する。
洗い物が終わったと言われて見ると、小さな輪だけが流しに残っている。肝心な所が欠けたまま、本人の達成感だけはきちんと戻っている。私は、次に使う者が完成させる片付けを、完了とは数えない。
家の洗い物を自分でやるよう教えるなら、最後の部品が戻る所までが教育だろう。ただし、私が見ている間に全部を済ませる必要はない。終わったと言う前には、何をどこへ戻したか、一度こちらへ説明があってもよい。
まとめ
水筒は型番と説明書を確かめ、外せる部品を中性洗剤で洗い、すすぎ・乾燥・正しい取り付けまで行う。食洗機や漂白剤の可否は製品ごとに確認し、傷んだ部品を無理に使い続けない。
Mattが語った桑田家の教育には、自分で掃除し、洗濯する順序があった。浴室が分かれているという一言だけを豪華さの話にすれば、使った者へ残した仕事の方が消える。私は、その方を先に聞きたい。
水筒は製品の条件に合わせて洗い、乾燥と組み付けまで終えればよい。ただ、終わったと報告する係が、教えた者の確認まで不要と決める必要はない。今洗った者と、何を洗うか教えた者の持ち場は同じではない。
最後の部品を戻したなら、古参の点検を待ってもよい。待つ間があるから片付けの効率が落ちたとする部長には、自分がどこまで任されているかを聞きたい。機械の終了音は、その任命まで代わりに出してくれない。
毎日の洗い物は減らせても、こちらが任せてよいと決める段取りまで減らす必要はない。水筒は乾いていても、預かる人間の仕上がりは、まだ別に見ているのである。











