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洗濯表示が分からないときは?洗う・漂白・乾燥を読む順序

無地の衣類と白いケアラベル、洗濯かごの水彩画

洗濯表示が増えて分かりにくいという気持ちは、私にも分かる。ただ、分からないから毎回同じ洗い方でよいとは思わない。道具が自動で動くようになった分、何を入れたかを見なくて済むわけではない。

私は、新しい記号の名前を全部暗記した者より、自分の一着を洗う前に確かめる者を買う。知識を持ったことと、服を傷めず手入れできたことは別である。

目次

洗えるかを見てから、方法を考える

衣類に付いた実際の表示と付記用語を確認する。現行の基本記号は洗濯・漂白・乾燥・アイロン・商業クリーニングを表し、×はその処理の禁止を示す。洗濯桶の記号で、家庭での洗濯処理ができるかを最初に確かめる。

家庭での洗濯が禁止なら、手洗いにすれば必ずよいとは考えない。クリーニングの表示や販売元の説明も確認する。古い衣類には以前の表示もあるため、見た記号に合う案内で調べる。

よく分からないので弱いコースで洗った、という説明がある。弱ければ禁止まで許可へ変わるという理屈ではない。私は、やさしく扱ったつもりという気持ちを、衣類の条件の代わりにはしない。

辻発彦が西武のころの個人指導を回想している。私が地面へ置いた球を捕らせると、辻はどう捕ればよいかと戸惑った。ノックをたくさん受ける前に、足を使って捕る形へ戻ったのである。球が飛んでこないところでも、まだ教えることがあった。

私は、洗濯機のコース名を全部言える管理職にも、その服で何を確かめたかを聞きたい。知識の一覧を見せられたからといって、扱う人間まで一人前と認定する必要はない。教えた側がまだ捕り方を見ているのに、次のノックへ進む話ではない。

数字と下線は、同じ意味ではない

桶の中の数字は洗濯液温の上限を表す。記号の下の線は処理の強さを示し、一本は弱い処理、二本は非常に弱い処理となる。数字の温度へ必ず上げる指示ではなく、機器のコース名ともそのまま同一ではない。

説明用の例として、桶の数字が40で下線が一本なら、40℃を限度とする弱い洗濯処理を表す。実際の衣類の付記と、洗濯機の取扱説明書で合う方法を確かめる。手洗い表示は別に確認する。

数字だけ覚えて、40と書いてあるから40度へ温めるという話になると困る。どこまで許されるかと、そこまで強くする必要があるかは違う。私は、上限を毎回の目標にする手入れには感心しない。

辻に戻れば、球を捕った回数を数える前に、脚を使って捕る意味へ戻ったという話である。洗濯表示の線も、線の本数を言えることが完成ではない。選ぶ操作がその条件に合っていて、初めて覚えたと言える。

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漂白と乾燥は、洗えるかとは別に確かめる

漂白を表す三角形と、乾燥を表す四角形は、桶とは別の条件を示す。洗える衣類でも漂白やタンブル乾燥ができるとは限らない。乾燥やアイロンの点は温度の区分を示すが、記号ごとに意味する温度が違う。

自然乾燥では、四角の中の縦線・横線でつり干し・平干しなどを区別し、斜め線は日陰の条件を示す。一本・二本による脱水の扱いも異なるため、線を単なる飾りとして省かない。漂白剤は衣類と製品双方の表示に合うものを使う。

洗濯機へ入れてよいから、そのまま乾燥までよいだろうという近道がある。一つの許可で、別の操作まで承諾を取ったことにしている。私は、機械のボタンが続いているから、衣類の条件も続くとは考えない。

昔の巨人で培った守備の基本を、その後の指導へ持っていった話を聞くと、最初の形を確かめる意味がよく分かる。道具が変わったから基本はいらないという説明を、私は洗濯機の前でも簡単には認めない。

読めない表示は、推測で埋めない

ラベルの薄れや不明な記号があれば、販売元・メーカーやクリーニング店などへ確認する。画像の認識結果だけで決めず、付記用語も合わせて読む。洗剤や機器の説明が衣類の表示と合うかを、実際に使う前に確かめる。

記号の全図は、消費者庁の現行の洗濯表示の案内で照合できる。この記事の言葉だけで、見えないラベルを推定しない。道具の案内の置き方は説明書をしまう記事でも扱っている。

買った時には大事にすると言っていたのに、手入れの条件は読んでいない。そこへ道具のせいだけを足しても、服は戻らない。私は、物を大切にする言葉より、使う前に何を見たかを確かめたい。

ただ、昔から使っている物差しまで、新しい記号を知らないから古いと片付けるのは違う。こちらは、表示を読んだ後の扱いまで見ているのである。

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まとめ

家庭で洗えるか、温度と強さ、漂白と乾燥の条件を順に確かめる。数字・線・点・×を混同せず、衣類の付記と機器の案内を合わせる。分からない条件を自己流の弱い操作で埋めない。

辻は、ノックを受ける前に、置かれた球を捕るところへ戻った。私は、回数を増やす以前のその戸惑いを見ていた。作業が動いていれば教育も進んでいる、という表の作り方をしなかったのである。

洗濯表示は、今の一着を扱う条件として読めばよい。ただ、それを読めた管理職が、昔教わった手順まで自分の一覧へ並べ替える必要はない。どこで手を止めるかは、教えてきた者にもまだ見えている。

新しい機械の方が詳しいという部長には、操作の話を任せる。その代わり、扱う人間をいつ一人前とするかまで同じボタンへ付けない。衣類は洗い終わっても、部長を見ているこちらの採点は別に続く。

表示の確認を済ませた日を、教育の卒業日へ兼用しない。私は、置いた一球をまだどう捕るか分からない者へ、次の自動コースを増やす話を聞く気にはなれない。

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この記事を書いた人

世の中には、まだ教えることがある。話は変わるが、基本は同じだ。

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