おっしゃられた、と言えば、おっしゃったより敬っている気がするらしい。敬語を二枚着せれば敬意も二倍になるのなら、言葉の礼儀は重ね着の枚数で決まる。私は、そういう計算には感心しない。
もっとも、余計な言葉を外せという話と、先輩を軽く呼んでよいという話は別である。簡潔になりましたと胸を張って、敬う相手まで省かれては困る。
二重敬語は、同じ種類の敬語が重なったもの
一つの語に同じ種類の敬語を重ねたものを二重敬語という。一般には適切でないとされるが、習慣として定着した例もある。「敬語が二つ入っているから全て誤り」という判定にはしない。
「言う」を尊敬語の「おっしゃる」にした上で、尊敬の「れる」を付けた「おっしゃられる」が一例になる。文全体で誰の動作を述べているかを確認してから、言い換える。
会議で表現を重ねているうちに、誰が何を言ったかが薄くなる。私は、用件を守るためにも言葉を整える。丁寧さを足したつもりで、相手に解読の仕事を増やすのはよろしくない。
巨人へ入った一年目、私は川上哲治へ、打撃に励むのと同じように守備も練習しなければうまくならないと厳しいことを言った。落合博満との対談で振り返った際も、一年目で言ったから嫌われたと話した。内容と、それを誰がいつ口にしたかは別に受け取られたのである。
ただし、この昔話で、若い部長へ私と同じことを言う免許まで渡すつもりはない。私は守備の仕事を見て言った。敬語の表を一枚覚えたからといって、先輩が何を教えてきたかまで採点できるようになったわけではない。
職場で直しやすい三つの言い換え
相手の動作への尊敬語は、重なった部分を外して自然な一つの形にできる。機械的に短くするのでなく、時制や文脈に合うよう文全体を読み直す。次は架空の業務文の例である。
| 重なった表現 | 言い換え例 |
|---|---|
| 部長がおっしゃられました。 | 部長がおっしゃいました。 |
| 担当者がいらっしゃられます。 | 担当者がいらっしゃいます。 |
| 資料をご覧になられましたか。 | 資料をご覧になりましたか。 |
一つ外しても、相手を立てる言葉は残っている。そこまで確認すれば、失礼にならないかと不安になって、また「れる」を戻す必要はない。敬語の修正が往復運動になっては、文章が先へ行かない。
ただ、川上へ物を言った若手の話を持ち出して、何でも率直に言えばよいとするつもりはない。昔の巨人で誰が何を背負っていたかを知らずに、文法の表だけで先輩との距離を測っては困る。
定着した言い方と、敬語連結を分ける
「お召し上がりになる」「お見えになる」「お伺いする」などは、慣用として定着した二重敬語の例とされる。また「お読みになっていらっしゃる」のように、別々の語を敬語にしてつないだ敬語連結は、二重敬語とは区別する。
「読んでいる」なら、「読む」と「いる」がそれぞれ敬語になっている。一つの動詞を二重に敬う場合とは構造が違う。ただし、敬語連結でも個々の使い方や意味の結び付きが適切かは確かめる。
長いから間違い、短いから正しい、ではないのである。長年使われて残ってきた形もある。私は、残ったという事情を、古いからという理由だけで捨てるのは好きではない。
伝統を重く見る私でも、重ねれば全て伝統になるとは言わない。巨人のユニフォームを着たばかりの者と、その看板を支えてきた者では、同じ名前の重みが違う。言葉にも、使われてきた筋道はある。
敬語の形と、敬意の向きを一緒に確認する
自分の動作か相手の動作か、誰を立てる文かを確認する。尊敬語と謙譲語の取り違えは、重なりを外すだけでは直らない。迷った場合は文化庁の「敬語の指針」などで構造を確認し、必要な敬意を残す。
例として、相手が担当者へ尋ねることを「担当者に伺ってください」と述べるのは、二重敬語の問題ではなく謙譲語の向きの問題になる。「担当者にお尋ねください」など、動作をする相手を立てる形で考えられる。
指摘する側にも用件がある。人前で若い担当者の一語だけを何度も取り上げ、会議の目的は忘れてしまう上司を、私は言葉に厳しい人とは呼ばない。自分の知識を披露する場所を見つけただけだ。
しかし、古参が呼び方を確かめることまで、同じ揚げ足取りにされるのは納得しない。敬語の形を学んだなら、次は誰に向けて使っているかを見たい。
まとめ
同じ語・同じ種類の敬語の重なりかを見て、自然な一つの形へ直す。慣用として定着した例や敬語連結は区別し、相手と自分の動作を取り違えない。正誤と、相手への接し方の両方を見る。
川上へ物を言った一年目の私の話を、正しければ誰に何を言ってもよいという結論へ渡す気にはなれない。何を見ていたかが先である。私が見ていた守備を省き、言い方だけ真似されては順序が逆だ。
二重になった敬語を外すのはよい。ただ、直した管理職が、その勢いで先輩との距離まで縮める必要はない。文法の説明が短くできたことと、教えてきた者の重みを量れることは違うのである。
若い者の一語を細かく直す部長には、自分が先輩から何と呼ばれ、どう教わったかも話してもらいたい。その説明が長くなるなら、そこを先に残す。表の上では一つの役職でも、同じ年数を受け持ったわけではない。
言葉は一枚減らしてもよいが、相手を立てる順番は一段残る。私は、その段まで平らにして自然な文章になったと喜ぶ管理職へ、自然だという点を付けない。











