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メガネの正しい拭き方|乾拭きの前に確認したい汚れと手入れ

眼鏡と柔らかなクロス、ケースを並べた水彩画

メガネが曇って見えにくい。そこで服の裾で強く拭く。見やすくするための動きが、レンズを傷める方へ進んでしまう。

私は、拭いた回数より、何を付けたまま拭いたかを見たい。道具を使う人ほど、使えなくなった時の違いには敏感である。その前の小さな汚れには、ずいぶん寛大だ。

目次

ホコリがあるときは、こする前に水で流す

水洗いできる一般的なメガネでは、まず常温の水道水でホコリなどを流し、水気を柔らかい紙や布で押さえてから、清潔な専用クロスで優しく仕上げる。製品固有の取扱いがあればそちらを優先する。

  1. レンズやフレームに大きな汚れや傷がないか確認する。
  2. 水洗いできる製品なら、水で表面のホコリを流す。
  3. こすらず水気を押さえ、レンズ周辺を無理なく支える。
  4. 清潔なメガネ拭きで軽く仕上げ、水分を残さず保管する。

見えにくいという結果だけで、力を入れる方へ進むのは早い。布とレンズの間に何があるか。そこを確かめない熱心さは、手入れより摩擦を増やしている。

篠塚和典は、一軍の練習を手伝ったころ、一塁の王貞治へ投げるのが怖かったと語る。よい球を投げなければと思うほど、腕が振れなくなっていた。王は、高い球は困るが、低くそれる分なら捕れると伝え、自分の足元やベース板へ向けて強く腕を振るよう求めたという。

篠塚は、それを言われてから腕を振れるようになった。私は、よく見ろという言葉を一つ増やす前に、誰を見て手が止まっているかを確かめたい。ただ、王のように受ける技術がない部長へ、同じように若手を安心させたつもりになる資格まで渡す気はない。

皮脂汚れは、使える洗剤かを先に確かめる

水で落ちない汚れには、製品が認めるメガネ用クリーナーや、薄めた中性洗剤を使う方法がある。洗剤成分を十分に流し、強くこすらない。石けん・ハンドソープ・溶剤を代用品として一律に使わない。

お湯や熱風はレンズのコーティングなどを傷めるおそれがある。消毒用アルコールなども、全てのレンズ・フレームに適するとは限らない。素材や加工の説明が分からない場合は、購入店へ確認する。

汚れがひどいから洗剤を強くする、という順序も同じだ。強いものを使う前に、何を落として何を残す道具なのかを知る必要がある。コーティングまでなくなったら、よく落ちたとは言えない。

王が篠塚へ伝えたのは、良い送球という抽象的な注文だけではなかった。投げる場所と動きがあったのである。上司が丁寧にやれと言い、部下の手順を一度も見ないなら、私にはまだ指導を始めていないように見える。

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メガネ拭きの汚れと、持ち方も見直す

汚れの付いたクロスはそのまま使い続けず、クロス自体の説明に合う方法で洗浄・乾燥する。拭く側のレンズに近い部分を支え、片側を持って反対側へ強く力を掛けるなど無理な扱いを避ける。

気になる状態確認すること
拭いても油っぽいレンズだけでなくクロスも汚れていないか。
雨や汗で濡れた水洗い可否を確かめ、汚れと水気を残さない。
フレームが緩い・歪む自分で曲げて直さず、購入店に相談。
特殊なレンズ専用の手入れや使用できない薬剤を確認。

私は、拭く布の方を一度も見ない人が、レンズだけ何度も検査するのは面白い順序だと思う。仕事の点検でも、部下の提出物だけ見て、上司の採点基準は汚れていないことになっている。

王の一塁を知る者が、何を受けられるかを伝えるのと、ただ上司だからきれいに投げろと要求するのは違う。磨いてあるメガネを掛けたからといって、その違いまで見えるようにはならない。

落ちない曇りや傷を、汚れと決めつけない

洗っても残る状態は、傷や加工の劣化などの可能性もあるため、何度も強くこすらず販売店へ相談する。見え方の変化を全てレンズの汚れと判断せず、気になる場合は適切な専門家へ相談する。

コーティングの削り落としや、歪んだフレームを家庭で曲げ直す手順は扱わない。買い替えを先に決めるより、状態を確認する考え方は安い物と買い替えの判断でも扱っている。

新しいメガネなら何でも解決する、という売り方に私は乗りたくない。今のものがどうなっているかを説明できてからでよい。何が見えていないかを確かめずに、道具だけを新しくする必要はない。

巨人の若い指導者にも、私はまず見る対象を問いたい。画面の数字が鮮明になったことで、昔の選手が何を受け、何を教えられたかまで分かったことにはならない。レンズの新しさと、見る者の年季は別のものだ。

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まとめ

ホコリを付けたまま強く乾拭きせず、取扱いに合う水洗い・水気取り・清潔なクロスを基本にする。洗剤や熱、特殊レンズの制約を確認し、残る傷みは販売店へ相談する。

王は、篠塚に低い方へ思い切って投げる場所を示した。篠塚は、よい球を投げるつもりで腕が振れなかった状態から動けるようになった。私は、相手の見ている先を教える仕事を、その一言の短さだけでは測らない。

メガネは素材と説明に合わせて手入れをすればよい。しかし、レンズがきれいになった管理職が、昔の指導まで全部見通せたつもりになるのは困る。視界の汚れが取れたことと、教わった者の癖が分かることは別なのである。

画面を拭き、数字を大きくしたから見やすいという部長には、昔の選手が誰を前にして動けなかったかも見てもらいたい。古参がまだ説明するなら、資料を閉じるのはその後でよい。鮮明な表にも、説明する者の席まで決める力はない。

道具を整えた日のうちに、見る人間の採点まで済ませる必要はない。私は、王の受ける場所の話を聞き終えるまで、その部長の見る目を新しくなったとは呼ばない。

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世の中には、まだ教えることがある。話は変わるが、基本は同じだ。

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