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掃除が続かないときは?一度に全部やらない場所とタイミングの決め方

小さな掃除用ブラシと畳んだ布を棚へ戻した水彩画

掃除を始めると家中をきれいにしたくなる。半日かかって疲れ、次に始めるのが億劫になる。それで、自分には続ける力がないと反省する。

私は、掃除を一回の大会にしておいて、毎日出場しない自分を責める必要はないと思う。毎日する作業と、たまに大きくする作業を同じ熱量で始めれば、長くなるのは当然である。

目次

一か所と、終える目安を決める

机の手前、洗面台の一角など範囲を小さくし、どこまでできたら終わるかを決める。体調や生活の事情に合わせ、毎日家全体をきれいにする目標を置く必要はない。

  • 食後:テーブルの物を戻し、使える部分を拭く。
  • 洗面の後:水はねが気になる範囲だけ確認する。
  • 外出前:玄関の通り道に物がないかを見る。

いずれも編集側の例で、家庭の材質や道具の取扱いに合わせる。水や洗剤に弱い場所へ、一律に拭き掃除をしない。

きれいという言葉だけでは、終わりが分からない。終わりがないから、今日は時間が足りないとなる。棚一つを拭く話を、家全体の改造から始める必要はない。

1979年の伊東キャンプで、選手が引き上げた後も長嶋茂雄はマウンドへトンボをかけていた。これは、その場を見た徳光和夫が語った光景である。選手の練習が終わり、夕日が落ちかける球場で、監督の仕事がまだ続いていたという。

私は、最後に誰が残っていたかを、掃除の担当表だけで省く気にはなれない。長嶋も片づけたのだから誰でも交代でよい、と結ぶ部長には、その最後を見て何を覚えて帰ったのかを聞きたい。同じ道具を持った人数だけでは、同じ仕事をしたことにならない。

道具を出す手間も、掃除の仕事に含める

必要な道具を安全で取り出しやすい場所へまとめ、使った後の洗浄・乾燥・片づけも含めて考える。収納の見た目より、無理なく使える位置を優先する。

子どもやペットが触れる家庭では、洗剤や鋭い道具の置き場所を別に確保する。洗剤は表示通りに使い、異なる製品を混ぜない。高所や重い物を動かす作業は、日常の小さな掃除とは分ける。

道具を出すために箱を三つ下ろし、終わったら三つ戻す。その手間を掃除の時間から外しておくと、掃除自体は三分で済むらしい。私は、始める前から仕事の一部を計算の外へ出す管理を信用しない。

長嶋のトンボを見たという話を、監督でも片づけるのだから全員もっとやれ、という掛け声へ変えるだけでは足りない。見ていた側の目にも仕事がある。手が空いたから帰った者の採点で、最後までいた人間の扱いが決まるのはおかしい。

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生活の区切りへ一つ組み合わせ、できない日を増やさない

帰宅後や食後など既にある動きの後に、一か所だけの作業を組み合わせる方法がある。できなかった日の分を毎回上乗せせず、次に同じ小さな範囲から再開する。

続けにくい決め方小さくする例
週末に全部普段は一か所、まとまった掃除は別の日に。
毎回完璧に通れる、使えるなど終える状態を決める。
できなかった分も翌日まずいつもの範囲へ戻り、追加は別に判断。

三日空いたから三倍やる。それで次の日も始められなくなるなら、遅れを取り戻す制度が、次の遅れを作っている。続くかどうかより、帳尻が合ったかを見ているのである。

ただ、長く見てきた者の確認まで、毎回同じ短時間でよいとは思わない。若い者は一か所を済ませればよい。私は、その一か所の出来を見て、その者の普段の扱いも考える。それぞれが自分の役割を終えるのである。

家族の分担と、掃除以外の困りごとを分ける

何を誰が担当するかを話し合い、使う人だけへ負担を固定しない。体調や環境のため難しい場合は範囲や支援を見直し、続かないことを人格や怠慢と決めつけない。

物が多くて掃除の前に移動が必要なら、残す物と手放す物の考え方とは作業を分けられる。安全上の問題や深刻な汚れがある時は、一人で無理をせず適した専門窓口へ相談する。

見つけた人がやるという制度は、見つける人が決まっている家では、同じ者だけが働く制度になる。気づいていない顔をしていれば免れるような分担を、私は自主性とは呼ばない。

長嶋の最後の仕事を見ていた人間がいたから、その話は残った。家庭の掃除でも、誰も見ていないから軽い仕事だという扱いは違う。だが、見たという者が全員同じだけ分かっているわけでもない。巨人の最後の一かきを知る目まで、交代の当番制にする必要はない。

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まとめ

掃除は小さな場所と終える状態を決め、道具の準備・片づけも含めて無理のない範囲へ分ける。できなかった日を責めるより、次に再開できる量と分担を見直す。

徳光が見た長嶋は、選手が帰った後にマウンドをならしていた。その話を、監督でも掃除をするという教訓一行へ縮めると、最後まで見ていた側の時間までなくなる。私は、そこを簡単には省かない。

家庭の掃除は、場所とやる仕事を分ければよい。会社でその表を作る管理職には、最後の確認を誰から教わったかも残しておいてもらいたい。手を動かす当番が替わったからといって、出来栄えを決める者まで当番制にする必要はない。

昔の担当者がまだ仕上がりを見たいと言うなら、その確認は続ければよい。新しい係が終えたつもりでも、教えた側にはまだ終わっていないことがある。日報の完了欄より、私はそちらの一言を先に置く。

同じ場所を二度見るのは無駄だという部長には、まず二度目に何が見えたかを報告してもらう。何も見えなければ、見る人間の教育が残ったのである。床がきれいになったから、部長まで仕上がったことにはならない。

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世の中には、まだ教えることがある。話は変わるが、基本は同じだ。

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