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マイクロマネジメントをやめるには?口を出しすぎない確認と任せ方

向かい合う椅子と、ノートや資料をゆったり置いた会議テーブルの水彩画

仕事を任せたはずなのに、途中の画面が気になる。報告を受けても、別の箇所が気になる。結局、自分で直してしまい、次もまた同じ確認をする。忙しい上司の机に、部下が終えるはずだった仕事が戻ってきている。

私は、よく見ていることと、全部に手を出すことを同じにはしない。見ていなければ教えられないが、見た物をすべて自分の仕事へ戻したら、担当者を置いた意味がなくなる。

目次

マイクロマネジメントとは?必要な指導と何が違うか

部下の手順や細かな判断まで過度に管理し、進めるたびに承認や報告を求める状態をいう。細かな指導が必要な場面もあるため、確認の目的と相手の習熟度を見て区別する。安全や重要工程で必要な確認を省くのではなく、目的のない介入を減らす。

巨人の堀内恒夫は、一九八二、八三年に選手とコーチを兼ねた。本人の回想では、コーチの仕事が忙しく、自分の練習をしていなかった。その姿を選手たちは見ていたのである。教える仕事をしているから、自分の仕事も同時に済んでいるということにはならなかった。

会社でも、人の資料に赤を入れた枚数を、自分の仕事の量として数える上司がいる。必要な指摘はある。しかし、一日中直しているからよく指導した、という報告だけでは、私はまだ納得しない。その上司でなければ決められないことが、机の隅に残っていないかを先に見る。

口を出しすぎているか、何を見直せばよいか

直近の確認や差し戻しを一つ選び、誤りや必要条件を直したのか、自分の好みへ変えただけなのかを振り返る。報告を求めた回数だけでなく、その確認で何を決めたかも見る。担当者が自分で判断してよい範囲まで、毎回上司へ戻っていないかを確かめる。

自分ならこう書く、という説明は、間違っているという説明とは違う。同じ目的へ届く書き方を、自分が使っていないという理由だけで戻しているなら、部下は仕事より上司の癖を覚える方へ進む。癖に詳しい者が育っても、次の担当者が楽になるわけではない。

堀内は、一九八四年に王貞治が監督となりコーチ専任になったあと、現役時代に練習をしていなかったではないか、と選手から指摘されたと話している。役目が変わったからといって、見ていた者の記憶は切り替わらない。上司が部下を見ていた時間には、部下も上司を見ていたのである。

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確認を減らしても、放置にならない任せ方はあるか

小さく区切れる仕事から、求める成果・期限・担当者が決められる範囲・確認の時機を共有して任せる。困ったときに予定を待たず相談する条件も決める。頻度は仕事のリスクや習熟度で調整し、急に報告も支援もなくす方法は取らない。

任せたのだから聞くな、というのも違う。すべて聞けと言っていた上司が、今日から任せると言って返事をしなくなれば、担当者には判断の範囲ではなく、連絡のつかない時間が増える。手を出す回数を減らすなら、その代わりに何を引き受けるかが要る。

堀内の兼任を、選手とコーチを一人でこなしたという肩書だけで読めば、ずいぶん便利な人事に見える。だが、本人が後から語ったのは、二つの役目を並べた名簿ではなく、選手の前でどう見えていたかという話だった。巨人の経験者を呼んだので指導は済みます、という説明にも、私はその先を聞く。

途中でミスを見つけたら、自分で直すべきか

まず影響と期限を見て、上司が直ちに判断する必要があるか、担当者が修正できるかを分ける。担当者が直せる場合は、問題と必要な状態を伝え、修正案を考える余地を残す。上司が引き取る場合も、理由と次の担当範囲を共有し、黙って全部書き換えない。

間違いを見つけた瞬間に、自分が作業者へ戻る。これを繰り返して、なぜ部下はいつまでも自分で直せないのかと言う。どこをどう直したかを見せずに終えた仕事を、相手が覚えていないのは不思議ではない。上司だけが早くなったことを、育成の結果として出されても困る。

ただし、後輩が先輩の一場面を見て、指導者として全部を採点し終えたつもりになるのも感心しない。堀内には巨人で積み重ねた仕事がある。練習を見たという報告だけで二〇三勝の説明を省くなら、見ていた時間は長くても、まだ見た範囲が狭い。

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まとめ

マイクロマネジメントを減らすには、必要な確認と好みの介入を分け、成果・裁量・確認の時機を共有する。支援は残し、担当者が考えて直せる仕事まで毎回引き取らない。組織の承認ルールに原因がある場合は、上司一人の我慢ではなく運用の見直しも必要になる。

私は、管理職が何も見なくてよいとは考えていない。見ることと、自分の手で全部直すことの間に仕事がある。部下に任せた時間で、上司自身が引き受ける判断も進んでいなければ、席を一つ増やした意味が薄い。

それでも、巨人の先輩を見直すときには、先に通算成績を確かめる順番がある。私は、堀内の二〇三勝を説明できない者には、練習をしていなかったという一行を先に読ませない。

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この記事を書いた人

何事も、まず基本から。聞かれていないことにも、答えはある。

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