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積読を解消するには?読めない本を増やさない読み方と選び方

積まれた未読の本と、しおりを挟んで開いた一冊がある読書コーナーのイラスト

買ったときには読むつもりだった本が、机の端で次の本を待っている。積読を解消しようと思って、読書術の本を買い足す。勉強熱心なのだろうが、いまのところ一番よく働いているのは本屋である。

読んでいない本があること自体を、私は悪いとは思わない。困るのは、その山を見て、自分はこれだけ勉強する人間だと安心してしまうことだ。本棚の充実と、持ち主の充実は別々に進む。

目次

積読を解消するには何から始めるとよいか

未読の本を全部読み切ろうとせず、いま読みたい一冊を選び、目次から気になる章を開くところから始められる。「昼休みに数ページ」など、続けられる小さな区切りを決める方法もある。これは実用書などの読み方の一例で、物語を順番に楽しみたい本まで途中から読む必要はない。

机に十冊並べて、今日はどれにしようかと迷う時間があるなら、一冊だけ手元へ出せばよい。選ぶための道具を先にそろえると、今度は道具の使い方を読む用事ができる。読書の準備だけが、たいへん立派になっていく。

ヤクルトには水谷新太郎という遊撃手がいた。まだレギュラーになる前から一軍に帯同させ、遠征先の宿舎へ戻ってからも、私は捕球の足の運びを教えていた。球場で説明を聞いたから、その日の勉強は終わりというわけにはいかなかった。

水谷に必要だったのは、次々と別の守備理論を集めることではない。目の前のゴロに足をどう運ぶかである。教える側も、まだできない一つのことに付き合う。立派な話を何種類聞いたかより、足が一度でも前よりよく動いたかを見ていた。

本でも、会議の進め方を知りたくて買ったなら、その章を開いて、次の会議で確かめられることが一つあればよい。読了した冊数を増やすために、いま困っていない章まで急いで通過する必要はない。野球の練習でいえば、まだ捕れないのに練習メニューだけ終えた顔をしている。

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読みかけの本は最後まで読まなければいけないか

読書が義務ではないなら、合わない本をいったん閉じたり、必要な章だけ読んで保留したりしてもよい。難しくて進まないのか、いまは関心がないのかを分けると、入門書に戻るか、別の本を選ぶかを考えやすい。ただし、一部だけ読んだ内容を著者の結論だと決めつけず、前後の説明も確かめたい。

最後まで読まないと買った金がもったいないという気持ちはわかる。しかし、合わない本を抱えたまま、読みたい本まで開けなくなるのでは、払った金に毎晩の時間まで付き添わせることになる。本の代金は、持ち主へ宿題を命じる監督ではない。

2018年に巨人の岡本和真が四番を打っていたころ、私は、春の松井秀喜の指導を受けたあとの打ち方と、その後の重心の変化を見ていた。私には、岡本が自分に合う形を考えながら打っているように見えた。指導者の名前だけで、その教えが全員に同じように合うとは限らない。

これは、松井の説明が間違っていたという話ではない。まして本を途中で閉じた若い会社員が、自分も巨人の四番と同じだと思ってよい話でもない。岡本は打席で試していた。目次も見ずに自分には合わないと判断した者と、一緒に並べては困る。

王貞治の一本足も、片足を上げる姿だけ覚えれば済むものではなかった。私は、あの打ち方を見ると、まずバランスのことを考える。名前のついた形を取り入れる前に、自分の体がどうなっているかを見る。読書法にも立派な名前がついているが、肝心の本が一ページも開いていないのでは、構えだけ王になっている。

本を読む形式が合わずに止まっているなら、紙の本と電子書籍の使い分けという別の問題もある。持ち歩きにくいのか、内容が難しいのかは、分けて考えられる。端末を買い替えても、難しい章が勝手に易しくなるわけではない。

積読を増やさないために買う本をどう選ぶか

購入前に試し読みや目次で内容を確かめ、いま知りたいことが載っているか、手元の本と重なっていないかを見ておく。気になるだけの本は候補としてメモし、すぐ買う本と分ける方法もある。未読本は「今読む」「保留」「手放す候補」に分けられるが、積読をゼロにすることを目標にしなくてもよい。

新刊の紹介を読むと、どれもいまの自分に必要な気がしてくる。だが、前に買った本を開いていないなら、内容が古くて役に立たなくなったのか、まだ一度も確かめていないだけなのか。新しい表紙を見つけるたびに、古い本の判定が甘くなる。

巨人の話も同じで、次の選手の評判を読む前に、いまいる選手へ何を教えたかが気になる。水谷を育てていたとき、教えることを増やせば増やすほど、できることも同じ速さで増えるわけではなかった。足の運びを繰り返す時間は、新しい理論の見出しにはならない。

岡本の話を読んで、では自分で考えさせればよいと結論する首脳陣がいるなら、それも読み方が軽い。任せるのと、見なくなるのとは違う。打席に立つ本人が考えているあいだ、教える側まで読書休みに入ってよいわけではない。

読んだ本の感想をきれいに整理するより、そこから何を試したかが一行残っていれば、次に開く場所も見つかる。できなかったことを書いてもよい。巨人の会議にも、読んだ資料の一覧より、まだできない守備の一行が残っているほうが、私は話を始めやすい。

もっとも、巨人の昔の資料まで、いま使わないからと手放す候補へ入れるのは感心しない。新しい理論は試して合わなければ閉じてもよいが、昔の巨人は、合わないから閉じるという種類の本ではない。そちらが読めるところまで育つ余地が、まだ残っているのである。

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まとめ

積読の解消は、いま読む一冊を選び、小さな区切りで開くところから始められる。必要な章から読む、合わない本は保留する、購入候補をメモに分けるなど、読了の義務を増やさない方法がある。冊数を減らすことより、読みたい本を手に取れる状態を作ることが先になる。

本の山を見て焦る必要はない。しかし、巨人についての古い資料が読めずに困っているというなら、捨てる相談より、どこが読めないかを聞きたい。私なら水谷の足の運びから説明する。岡本の話へ行くまでに、多少の時間はかかるだろう。

そのあいだに新刊を一冊読む時間がなくなったとしても、積読を増やしたことにはならない。先に読むべきものの順番が、ようやく決まっただけである。

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