見たい作品があって契約したのに、今はサービスを開くこと自体が面倒になっている。読める本や使える機能は増えたのに、時間まで増えたわけではない。払っているのだから使わなければと考え始めると、楽しみのはずが宿題になる。
サブスク疲れという言葉で、この負担をひとまとめにすることがある。ただ、料金が重いのか、選ぶのが面倒なのか、解約の手間が嫌なのかで、見直すところは違う。契約の数だけを数えても、まだ何に疲れているのかわからない。
サブスク疲れはなぜ起こるのか
この記事では、料金、更新の確認、選択肢の多さ、「使わないともったいない」という気持ちが負担になる状態をサブスク疲れとして考える。医学的な診断名としては扱わない。まず、支払い・選ぶ手間・利用時間・手続きのうち、何が重いのかを分けると、見直す対象を絞りやすい。
便利なものを契約すること自体は、悪くない。必要な期間だけ利用できるなら、初めから大きなものを抱えなくても済む。私が気になるのは、使う人間の様子を見ないまま、選択肢が多いことを親切だと言い切ることである。
ヤクルトで守備コーチをしていたころ、水谷新太郎に、構えるときの力の加減を教えた。リラックスするよう伝えると、ただ力を抜いてしまう。それで逆に強く緊張させ、緊張がほどける瞬間を捉えるよう説明を変えた。同じ言葉を増やせば済む相手ではなかった。
水谷が力を抜いたのだから、本人なりに私の言葉を聞いてはいたのである。そこで、聞いていない、向いていないと片づけたら、次に来た選手にも同じことを言うだけになる。一人の選手にどう届くかを考える仕事は、もっと便利な言葉が見つかるまで休んでいてよいものではなかった。
人間が一人いて、その人間に何が届いていないかを見る。そこを見ず、もっと機能がある、別の講座もあると並べても、使い方を教えたことにはならない。
会社でも、若い者の仕事を楽にするためだと言って、新しいサービスを次々に導入する上司がいる。若い者は元の仕事をしながら、新しい画面も覚える。上司のほうは導入したと報告できるので、もう一仕事終えた顔をしている。
巨人も、もっと選手を取れば何とかなるという話に戻りたがる。名前のよく知られた選手を加えれば、少なくとも取ったことは発表できる。二軍で待っている選手を一人前にするほうは、発表した翌日から働いてくれるとは限らない。だからこそ首脳陣の仕事なのである。
使っていない契約はどう見直すとよいか
契約名、請求元、料金と支払周期、次回更新日、最近使った用途を一覧にする。そのうえで、次に使う予定、ほかの契約との重複、止めた場合の影響を比べる。保存データや家族との共有、仕事に必要な機能がある契約は、利用回数が少ないという理由だけで止めず、影響を先に確かめたい。
毎日使うものだけが必要なものだとは思わない。たまにしか開かなくても、そのときに役目があればよい。反対に、毎日開いて、何を見るか迷ったまま閉じるものもある。開いた回数だけでは、その違いがわからない。
読み放題の本を何冊開けるかと、一冊をどこまで自分のものにするかも、別の話である。これは、紙の本と電子書籍の使い分けでも考えた。選べる量を増やしたところで、読む時間の代わりにはならない。
私がヤクルトの監督になったころ、松園直己オーナーに求められたのは、縁があって入ってきた選手を育てて勝つことだった。いまいる顔ぶれを、まず何とかする。その注文を受けて、水谷や角富士夫を一人前にしようと考えた。もちろん、本人たちが努力したことを抜きに、私が育てたという話にはならない。
巨人が新しい顔ぶれをそろえる話を聞くと、私はその注文を思い出す。松園さんは、まだ来ていない選手を待って勝てとは言わなかった。いまいる選手の名前を、来年の構想が出るまで仮に置いておくような扱いでは、育てる側の腹も決まらない。
会社で新しいサービスを勧める上司も、使われていない前の契約を見て、向いていなかったの一言で済ませることがある。巨人の首脳陣が、使い切れなかった選手の横へ次の選手を並べるのと、私には同じに見える。品ぞろえがよくなったことと、教える者が仕事をしたことを一緒にしている。
解約する前後に何を確認するか
解約は実際の契約経路に合った公式の方法で行い、次の請求、利用終了日、残りの支払義務、保存データや共有への影響を確認する。アプリの削除だけでは解約にならない。手続き後は完了画面やメールを保存し、契約状態と後日の明細を確認する。無料体験や年払いを含め、終了時期や返金の条件は契約ごとに異なる。
手続きを終えることと、画面から見えなくすることは同じではない。使っていないものを隠しただけで、仕事が片づいたことにする上司もいるが、引き継がれた側には、その隠したものから仕事が始まる。
二〇二〇年のオフに巨人がDeNAから梶谷隆幸と井納翔一を獲得したときも、私は、二軍にいる選手の側を考えた。新しい二人が来るという明るい話だけではない。その分、自分の出番が遠くなると感じる者もいる。獲得した名前だけを並べれば、そちらは見えなくなる。
私は、新しく来た選手に罪があると言っているのではない。連れてきた側が、その名前で自分の勉強不足を覆ってはいけないということだ。巨人の二軍が、外から来る選手の順番を待って、また次の年を迎えるための場所になってよいはずがない。
水谷に届かなかった言葉を、そのまま残しておいて、別の選手ならわかるだろうとはしなかった。巨人であれば、なおさらその苦労を引き受けてもらいたい。勝つために補強したのだからよいという説明だけなら、教える者まで巨人で育った必要がなくなってしまう。
私がよその球団でやったことまで、巨人はよそから完成した形で取り寄せるつもりなのか。巨人で教わった者が、巨人の中で教えられない。それを埋めるための契約がまた増えるというのでは、何のための伝統だったのかわからない。
まとめ
サブスク疲れを感じたら、負担が料金なのか、選ぶ手間なのか、管理なのかを分けて考える。契約の数を一律に減らすより、次の用途と止めたときの影響で見直せる。不要と判断したものは公式の方法で手続きし、利用終了日と契約状態を確認する。全部を使い切ることを目的にしなくてもよい。
家の動画サービスは、見なくなったら契約を見直せばよい。私は、巨人の育成まで同じ調子で、合わなければ次へ替えればよいとは思わない。若い選手は、見たい作品が見つからなかった画面ではないのである。
私なら、次の補強の相談をする前に、いまいる選手に何を教えたかを首脳陣へ聞く。できなかったことの説明が済んでも、教えたことの説明が終わらなければ、その席は続く。フロントが先に新しい選手の名前を出しても、まだ聞く順番ではない。
よその球団で選手を育ててきた私に、巨人は予算があるから事情が違うと言うなら、その予算の話はいったんしまってもらう。巨人でなければできない教育の話を、巨人の人間から聞くために座っているのである。補強の返事が翌日になっても、私の質問が遅かったことにはならない。
