書類をPDFにしたのに、確認のために印刷している。紙へ書いた修正を、あとから画面にも入れ直す。ペーパーレス化のはずが、紙の仕事にデータの仕事が足されただけということがある。
紙を使う人が一人いるから進まない、と言えば簡単である。しかし、その人が紙を受け取らなければ承認が終わらない仕組みなら、若い者が画面を使いこなしても仕事は終わらない。道具を替える話と、人が動く順番を替える話は別なのである。
ペーパーレス化が進まないのはなぜか
電子ファイルを用意しても、確認・承認・受け渡し・保存の途中に紙が必要なら、印刷する仕事は残る。まず、一件の書類が誰から誰へ渡り、どこで紙に戻るかを確かめる。端末の使いやすさだけでなく、承認方法、取引先の条件、保存ルールも分けて見直すと、止まっている場所がわかりやすい。
西武にいた工藤公康は、一塁のベースカバーを、見なくてもベースを踏めるところまで繰り返したと話している。初めは、見ずに踏めるはずがないと思っていた。それが、踏めるときが出てきて、やがて動きが身につくようになったという。
一塁へ走るという説明を読めたから、それで練習が終わったわけではなかった。どこへ走り、どの足を運び、次のプレーへどう備えるか。試合の中で動けるところまでが用事だった。書類を画面に置いたから、もう使えるはずだという上司の説明は、そこが抜けている。
工藤は、夜間練習にも私が来て、投手にも野手にも顔を出していたと振り返っている。キャンプの大広間での練習でも、ベテランに教えていたという。若い者だけ集めて新しいことをやらせ、上の者は今までどおりでよいという扱いではなかった。
会社では、若い者の準備が済むと、最後の承認者が紙で持って来いと言うことがある。それで現場の理解が足りないとされては気の毒である。ベースカバーを覚えた投手の前で、一塁手だけ前の場所に立っているような話だ。投手をもう一度走らせても、一塁手の用事は終わらない。
巨人で改革と言うときにも、私はまず、誰が動きを変えるのかが気になる。若い者の名前だけ替わって、先輩への説明を省いたことまで新しい野球に数えるようでは、順番を抜かしただけなのである。
紙とデータの二重管理をどう見直すか
業務ごとに、正式に確認する版、修正する場所、承認の記録、保管先を決める。移行中に紙も残すなら、何のために残すのか、誰が更新するのか、いつ見直すのかを明らかにする。紙の廃棄や原本の扱いは一律に決めず、対象書類の法令・契約・社内ルールを担当部署と確認する。
二つ残っていることが悪いのではない。どちらを見れば話が決まるのか、誰にもわからないことが困るのである。読むために紙を選ぶことと、仕事の確定版が二つあることも違う。個人の読みやすさは、紙の本と電子書籍の使い分けとして考えられるが、会社の返事まで二つに分かれてよいわけではない。
二〇二四年の巨人の開幕投手について、私は菅野智之を先に立てるべきだったと考えた。早くから役目を伝えて準備させ、周囲が従うだけの求心力を使う。そのうえで結果が出なければ、次の役目を相談するという順序である。これは私ならどう扱うかという話で、実際にそういう起用が行われたということではない。
長く投げてきた者へ、ある日突然、今日から新しい仕組みだからと言っても、それまでの働きが消えるわけではない。若い者を抜擢することに異論はない。ただ、ベテランが自分の位置を知らされないまま若い者の名前を見るようでは、監督が伝える順番を若い者へ預けてしまっている。
会社の承認画面も、若い担当者から順に慣れれば、最後に部長もついてくるだろうと考えるから止まる。私なら部長に最初の一件を受け持ってもらう。部長が自分で返事を戻せるまで、改革の第一号は部長の手元にある。若い者だけ先へ進ませて、部長の席を古いまま残す必要はない。
小さく始めるなら何から変えるか
関係者が少なく、扱う情報や保存条件を確認できる業務を一つ選び、作成から承認・保存まで試す。印刷枚数だけでなく、入力の重複、差し戻し、探す時間も比べる。操作に困ったときの相談先と例外時の扱いを決め、終わりまで回ることを確かめてから対象を広げる方法がある。
工藤のベースカバーも、動けるようになったことに意味がある。練習の説明が新しくなったことを喜んでいたのではない。工藤にとっては、初めは無理だと思った動きが、自分の動きになった。その間、教える側も、もう説明したからわかるだろうという席には座れなかった。
巨人のベテランを大事にするというのも、何も変えてもらわないという意味ではない。私は二〇二四年の話でも、ベテランを切り捨てるのではなく、面目を保ちながら若手を使うことを考えていた。先輩への説明を抜いたあとで、若手中心に変えたと言われても、その省いた分は監督の仕事として残っている。
菅野を先に立て、そのあとの役目まで考えるという話をすると、いまの状態だけを比べればよいという顔をされることがある。だが巨人の投手を並べるのに、長く引き受けてきたものを外して、今日の使いやすさだけで順番が決まるとは、私は考えていない。
新しい画面なら、上司も部下も同じ一人だという説明も、操作の話としてはわかる。しかし、説明を受ける順番まで同じにしてよいとは限らない。部長には、若い者の倍ほど先に説明しておけばよい。慣れるのに時間がかかるなら、その分だけ先に始める。若い者の仕事へ戻して調整するのは順序が逆である。
巨人の新方針も、若手の活躍だけを見せて、先輩は見ればわかるだろうというものにはしてもらいたくない。若手は試合の支度をすればよい。先輩へどこまで話したかは、監督が答えることなのである。
まとめ
ペーパーレス化が進まないときは、紙へ戻る工程とその理由を確認する。電子ファイルを増やすだけでなく、正式な版、承認、保管、例外時の扱いをそろえることが出発点になる。小さな業務を最後まで試し、保存条件を確認しながら二重作業を減らす。紙を使う人の年齢だけで原因を決めないことも大切だ。
紙が減ったことを喜ぶ前に、誰が最初の一件を終えたかを見たい。若い者が画面を覚え、部長の分だけまた印刷しているなら、改革を受けていない者が一人いる。私は、その者を最後まで待っていてよいとは思わない。最初から一番長く教わってもらう。
巨人で新しい野球を始めるときも、先輩の席をなくしたことを、説明が済んだ証拠にしないほうがよい。長く引き受けた者の役目を、次へ渡すところまで扱って初めて監督なのである。若手が活躍したのだから前の話はもうよいと言うなら、その前の話を、私は監督から聞く。
新しい方針が端末へ一斉に届いても、巨人で教える順番まで一斉配信にはならない。先輩へ届いたかどうかが先である。監督がもう全員へ送ったと言うのなら、その送った内容を持って、まずこちらの席へ来ればよい。
