本棚を色別に揃えたら、きれいにはなった。だが、探している本が何色だったかを思い出すために、本の中身より表紙を考える時間が増えた。
私は本棚の見た目を軽んじない。ただ、本を探すための棚が、棚を眺めるための本になっては、仕事が逆である。
まず、自分が何を手掛かりに本を探すか決める
ジャンル・著者・シリーズなど、普段の探し方に合う分類を一つ決めて並べる。
仕事の参考書を主題から探すならジャンル、作家を追うなら著者、続き物ならシリーズと巻順を軸にする。すべての棚へ同じ分類法を強制する必要はない。家族と共有する棚は、他の人にも分かる区切りにしておく。以下は家庭向けの整理案である。
私は、本を読んだ人がどこにあるか分からない棚を、よく整理された棚とは呼ばない。背の高さは見事でも、記憶の道筋と並び順が喧嘩している。
昔の巨人の本を、私は巨人の所へ置きたい。著者の五十音順が立派でも、そこで急に阪神の本を間に挟まれては、話の流れが止まるのである。
一段ずつ出して、残す本と置き場の違う物を分ける
全部を一度に床へ広げず、片づけ切れる範囲で分類と棚の掃除を進める。
読書中、すぐ調べる本、保管する本などを分ける。手放すか迷う物は期限を決めた保留へ分け、無理に今すべて決めない。借りた本は持ち物と区別する。紙類や小物を本の後ろへ押し込み、見えなくなっただけで量が減ったことにしない。
松井は長嶋へ、三塁を守らせてほしいと頼んだことがあったという。長嶋は外野の中堅を続けさせ、ジョー・ディマジオのようにしたいのだと説明した。松井には、その時はまだ意味がぴんと来なかった。
後に素振りで長嶋の自宅を訪ねると、そこにはディマジオのバットと大きな写真があった。松井は、長嶋がそれほど好きな選手へ自分を重ねていたと知り、中堅を喜んで守るようになったと振り返る。置いてある物の順序には、説明を聞いた後で分かる格がある。
私は、持ち主が大事だと言う一冊は、まずその位置で扱う。新しい分類表に居場所がないのなら、分類表をもう一度見る。長く残された本の方へ、新しい表の都合を覚えさせる必要はない。
詰め切らず、一冊を戻せる余白を作る
抜き差しできる空間を残し、ブックエンド等で倒れにくく支える。
シリーズをまとめ、薄い雑誌や紙類は適したケースへ分ける。奥行きが深く二列にするなら、後列の内容を分かるようにする。棚の耐荷重や設置の注意は説明書に従い、不安定な積み上げをしない。収納用品を買う前に、入れる物と棚の寸法を確かめる。
隙間を見つけると一冊押し込む人がいる。次に戻す一冊の席まで使ってしまい、読んだ本は机へ積まれる。本棚が満員なのではなく、帰る席を売ってしまったのである。
私は選手の控えを大切にしたい。同じように、本を一冊取り出したあと戻すための余白にも、働く役割があると思う。
読書中の場所と、見直す時を決める
読んでいる本の仮置き場を限定し、棚へ戻す区切りを作る。
手元の一冊は専用の小さな置き場へ。読み終えたら元の分類へ戻し、仮置き場がいっぱいなら中身を確認する。本が増えたら、同じだけ買い足す棚を先に探すのではなく、今の分類や残す量を見直す。整理した冊数を読んだ冊数とは別に考えよう。
本棚を何度も並べ直して、読書をした気分になることがある。私はそれを読書の代打にはしたくない。準備がよくても、本は開かなければ始まらない。
巨人の本だけは並べ替えているうちに読み始めてしまうかもしれない。そのくらい手に取りやすい棚なら、片づけは少し遅れても役に立っている。
まとめ
探し方に合う分類を決め、一段ずつ整理し、戻す余白と読書中の置き場を残す。
長嶋の家のバットと写真を、松井はただの飾りとして見終えなかった。自分に何を求められていたかを、そこから受け取った。私は本棚にも、そういう説明が残る場所があってよいと思う。
本を探せるようにするのは当然である。ただし、新しい収納係が分類を覚えたからといって、持ち主が長く見てきた順番まで採点する立場にはならない。探せることと、並べた人間の基準を知ることは別だ。
巨人の本を手前へ置いた理由を聞かず、五十音順へ直す方が公平だという。私は、その公平さでディマジオの写真の場所まで変えられたら困る。等間隔に並べれば、すべて同じ重さになるわけではない。
置き場所が分かった後も、なぜそこへ残したかの説明は続く。本棚を直す者には、本を一冊戻すより先に、その説明を最後まで入れる場所を作ってもらいたい。











