USBメモリーに入ったPDFをセブン‐イレブンで印刷したい。この場合は、予約番号を発行するネットプリントと、店頭へUSBを持っていく普通紙プリントを分けるところから始まる。名前が似ていても料金まで同じではない。
紙に出せたことと、中身を分かったことも違う。私は、印刷しましたという報告の速さより、その紙を前に何ができるかを見ている。枚数が増えると理解まで増えた顔になるのは、主に管理職である。
USB内のPDFは、ネットプリントの予約番号が必要?
USBメモリーを店頭のマルチコピー機へセットする場合は「普通紙プリント」を使う。ネットプリント用の予約番号を発行する方法とは別で、USB内のPDFを直接選んで印刷できる。
公式の普通紙プリント案内には、PDFを保存したUSBメモリーから文書を印刷する説明がある。スマートフォンから送る方法やネットプリントのアプリ比較を、USB利用の条件と取り違えない。
以前、東大野球部の監督へ電話で野球の理屈を伝えたことがあった。相手は分かったという。しかし、頭で分かることと、体が覚えていることは同じかと聞くと、そこに違いがあることを認めた。言葉を受け取ったところと、使えるところの間には距離がある。
印刷機へ送れた資料も同じである。送信経路を知っただけでは、その資料を使う仕事まで覚えたことにならない。上司が紙の配り方だけ新しくして、指導を更新した顔をするのは、入口を塗り直した程度である。
店頭では、どの順序で操作する?
「プリント」から「普通紙プリント」を選び、画面の案内に従ってUSBをセットする。プリントの種類と対象ファイルを選び、設定・料金を確認して印刷する。
公式の操作案内は、通常の印刷なら「ふつうのプリント」を選ぶ流れを示す。ファイルを選んだ後は、必要なページ、用紙、色、部数など、画面に出る条件を確認する。最後はコインまたはnanacoの支払いを選び、プリントを開始する。
電話の説明で、監督の頭に理屈が届いた。それでも私は、体の方まで届いたかを別に聞いた。聞き返したのは、相手が頭のよい人間ではないからではない。頭で受けた説明を、そのまま動作の習得として扱う癖が気に入らなかったのである。
会社でも、手順書を印刷して机に置いた上司ほど、もう教えたと言う。紙を配る順序は覚えていても、どこで部下が止まるかを知らない。その上司の受領印だけが、一番きれいに揃っている。
USBから印刷するときの料金は?
公式掲載のUSB等メディアを使う普通紙プリントは、白黒がB5・A4・B4・A3とも1枚10円、カラーはB5・A4・B4が50円、A3が80円。スマホ送信やネットプリントとは料金欄が異なる。
料金は2026年10月29日の公式掲載を確認したもの。印刷前には店頭画面の金額を確かめる。たとえば普通紙プリントでもスマートフォンのWi-Fi送信は白黒1枚20円と案内されており、「セブンでPDFなら全部10円」とは書けない。
同じ紙が出るから、どこを通しても同じという話にはならない。東大の監督との電話でも、同じ説明を聞いたという記録だけでは、体に入ったかまでは分からなかった。入口の違いを省いて結果だけ比較すると、教えた仕事まで見えなくなる。
私は、安く速く配れたことを否定しない。ただ、道具を変えた担当者へ、教え方の採点まで任せる必要はない。紙の費用は一枚ずつ減ってよいが、こちらが教えた価値まで、その単価で切り下げられては困る。
ファイルが読めない場合や、USBを抜くときの注意は?
公式の対応文書はPDFのVer.1.3〜2.0など。USB利用前はデータのバックアップを取り、セット後は画面の案内が出るまで抜かない。印刷が済んだら用紙とUSBの両方を回収する。
USBに入っているだけで、すべての文書がそのまま印刷できるわけではない。Word等の元ファイルとPDFは分けて確認する。読めない場合に何度も抜き差しするより、画面の案内と公式の対応形式を確認する話になる。
体で覚えたかという問いに、電話の相手は頭の理解との違いを認めた。私は、そこから先を省く上司が気に入らない。教えた文書が相手の机にあることを証拠にして、自分の指導は済んだとする。文書は残っていても、こちらの求めた動きは残っていない。
古い手順書を新しい機械から出し直しただけで、更新の手柄を取る管理職もいる。紙を出した者と、そこへ何を入れるかを決めた者を、同じ担当として揃える必要はない。操作の速さだけで、教えの来歴まで上書きできるとは、私は考えない。
まとめ
USBのPDFは店頭の「普通紙プリント」で印刷する。ネットプリントとは別の方法で、USB等の白黒普通紙は公式掲載で1枚10円。対応形式と画面の料金・設定を確認し、案内に従ってUSBを回収する。
電話で理屈を伝えたとき、相手が分かったと言っても、私は体の方を聞いた。その問いがなければ、説明を終えたという記録だけが残る。私が見たいのは、記録の整理ではなく、教えたことが使えるところまで来たかである。
紙を出す仕事は、新しい道具に任せてよい。だが、その紙で分かったことにする基準まで、道具を導入した部長へ渡す必要はない。早く配れた分だけ、古参が確かめる時間を長く取れてもよいはずだ。そこで初めて、便利になった意味がある。
部長には、紙の準備と機械の設定を任せる。そこへ印刷した私の説明を、どこまで身に付けたかは私が見る。印刷が一枚十円になったからといって、その判定まで十円分の手間で済ませるつもりはない。










