動画を二倍速で見ると、次の動画へ早く進める。ところが、見終わった後に何が残ったかを聞くと、たくさん見たという話になる。再生した本数と、わかったことの数は、同じではない。
私は、速度を変える機能そのものに反対はない。必要な情報を探すときと、誰かの動きをよく見るときでは、用事が違う。ただ、速く終えることが、何でも上手になった証拠になるのは感心しない。
倍速視聴には、どんなメリットと注意点があるか
倍速視聴は再生時間を短くでき、概要の確認や、すでに知っている内容の復習に使える。停止や巻き戻しをしなければ、30分の動画は1.5倍で20分、2倍で15分になる。ただし、聞き直しが増えればその分の時間も必要で、速く再生するだけで理解や学習が速くなるとは限らない。
巨人の吉田孝司は、入団一年目、雨が続いたため、多摩川の合宿所の食堂に網を張り、一軍選手がティーバッティングをしたと振り返っている。そこで長嶋茂雄のバットの速さに驚いたという。速さを知ったのは、練習が早く終わったからではない。
私が見たいのも、その違いである。打ったという結果だけなら、一行で済む。どのように振ったのかを見る用事があるのに、先へ進むことばかり急いでは、映像を使う意味が薄くなる。
会社の研修でも、最後まで再生した人間が、一番よくわかった人間とは限らない。終了の表示は出たが、任せようとすると手が止まる。画面のほうだけ先に修了しているのである。
何倍速なら、内容を理解できるのか
誰にでも合う倍率は決められない。話す速さ、内容への慣れ、図や手順の複雑さで変わるため、まず通常速度で見て、追える部分だけ少し上げる方法がある。内容を自分の言葉で説明できない、図を見終える前に次へ進むといった場合は、速度を戻したり止めたりして確かめる。
米UCLAの大学生を対象にした英語の講義動画の実験では、二倍速まで理解度への影響が小さかったという結果もある。ただし、約十三〜十五分の講義など、限られた条件での研究である。誰でも、どんな内容でも二倍までよいという保証ではない。
吉田は、王貞治については、ゆっくり引いて自分のタイミングでボールを運ぶように打つと語り、長嶋との違いを挙げている。同じ巨人の打撃を見ても、同じ速さの動きが二つ並んでいたわけではない。
二人ともよく打った、というまとめでよければ早い。しかし、それを見た若い打者へ何を教えるのか。一律に速くすればよいという者は、王のゆっくりしたところまで、こちらの都合で短くするつもりなのだろう。
勉強や仕事の動画では、どう使い分けるか
概要をつかむ部分と、初めて覚える手順を分ける。手順は止めて自分で試し、要点を説明できるか確認する。後で戻る箇所には時刻と疑問を残すとよい。必須研修の受講条件や、安全・法令に関わる確認を、倍速や飛ばし見で省略しない。
見返す場所を残す話は、仕事のメモの取り方にもつながる。動画をもう一本見る前に、いま見た手順を一度やってみれば、わかっていなかった場所も見えてくる。再生回数は本人に代わって仕事をしてくれない。
吉田が語ったのは、長嶋のスイングを間近で見た驚きだった。食堂で打撃練習をしたという、場所の珍しさだけを覚えて帰る話ではない。そこを教えるコーチが、昔は練習場がなかったという一言で済ませては、道具の苦労しか伝わらない。
便利な映像がある今なら、何度でも見られる。それでも教える側が、昔の映像は画質が悪いからと避けるなら、私は順序が逆だと思う。画面が鮮明であれば、見るべきところまで自動で決まるわけではない。
映画やスポーツも、倍速で見てよいか
あらすじや結果を知りたいのか、音楽・会話の間・選手の動きまで楽しみたいのかで選べる。後者なら通常速度で見たい部分を残す。YouTubeでは対応する端末の設定から再生速度を選べるが、サービスや端末によって対応は異なる。一律に倍速へ揃える必要はない。
本でも、持ち歩くことと、ページを行き来することでは求める道具が違う。紙の本と電子書籍の使い分けと同じで、便利な機能を、使わなければ損だと考える必要はない。
とくに昔の巨人を教える者には、結果を早く知る用事より、同じ場面をもう一度見る用事がある。長嶋のバットの速さを、再生速度を上げた映像で説明したら、何と比べて速いのかわからなくなる。
ゆっくり見ることも、速く見ることもできる。それはよい。だが、最後に元の速度へ戻して確かめる手間まで惜しむのなら、映像を分析したという言い方は大きすぎる。見終わる時間を分析しただけではないか。
まとめ
倍速視聴は、目的に応じて使える時間短縮の機能であり、理解を保証するものではない。概要や復習と、初めての手順・動きの確認・鑑賞を分け、追えない部分では通常速度や一時停止を使う。見る本数より、必要な内容を説明・実行できるかで確かめたい。
王の間合いも、長嶋の速さも、そのまま見ればよい。二人を同じ調子に整えてから比べるようでは、便利にする前にあった違いを、自分で消している。
私は、巨人の若い打者に長嶋の映像を見せるなら、その速さを基準にしてもよいと思う。時代が違う、体つきが違うという説明を先に並べるコーチには、まだ見せる順番を任せたくない。
昔の映像を今の選手に合わせてわかりやすくする必要はない。映像はそのままにして、今の選手をあの速さへ近づければよい。再生速度を変えるより先に、巨人の基準を戻す話である。









