引き継ぎ資料を作るとなると、急に自分の仕事を立派に説明し始める人がいる。業務の意義から書き起こし、工夫した点を並べ、ようやく保存場所へ着く。後任者が知りたいのは、まず明日の締切である。
短ければよいのでもない。何年も続けた仕事を、添付のとおりの一行で渡してしまう。それでは資料を渡したのか、自分が説明する役目を片づけたのか、わからない。
引き継ぎ資料には、何を書けばよいか
業務名と目的、実施する時期・期限、手順や完成見本の参照先、関係者と判断を頼む相手、未完了の仕事を残す。資料の更新日と引き継ぐ相手も明記する。手順書が別にあれば丸ごと写さず、どの版をどこで読むかを示す。会社の指定様式や管理ルールがあれば、それに合わせる。
廣岡達朗は、昔の巨人では、正捕手の森昌彦がいても、野口元三、大橋勲、槌田誠らが入り、ポジションを争ったと書いている。捕手という名前の椅子を用意すれば、同じ仕事ができるわけではなかった。
巨人の捕手だった、という説明だけで済ませれば、誰の何を見たのかが消える。投手の球を受けるところだけ眺めて、あとは前の捕手と同じだろうと言う幹部では困る。仕事の名称と、仕事の中身は違うのである。
私は、引き継ぎの資料にも、その仕事がどこで難しくなるかが残っていてほしい。簡単な仕事ですと書いた者が、あとから自分にしかできなかったと言い出す。それなら最初から、どこに腕が要ったかを説明する話である。
書く順番と、記入例はどう考えるか
最初に担当業務を一覧にし、期限が近いもの・止まると影響が大きいものから詳しくする。架空の備品集計なら「毎月第3営業日まで/共有フォルダ『備品管理』の当月一覧を確認/未回答部署へ確認/集計表を総務責任者へ提出/承認後に保存」が記入の一例になる。実際の期限・承認者・保存先に置き換え、年に一度の作業も一覧から落とさない。
八重樫幸雄は、ヤクルトで、廣岡が水谷新太郎をレギュラーになる前から一軍に帯同させ、遠征先の宿舎でも捕球時の足の運びを個別に教えていたと振り返っている。守備をしっかりやる、という説明だけではなかった。
足をどう運ぶかという一つの動きに、教える中身がある。これを資料にするなら、丁寧な守備を心掛ける、ときれいにまとめてはいけない。きれいになった代わりに、何を教えたかがなくなる。
ただ、昔の巨人を説明するときだけ、要点は三つですと急ぐ者にも私は賛成しない。捕手が一人入った背景と、一つのポジションを守る重さを、三つに収める必要はない。日々の操作は短くてもよいが、昔から続く仕事の値打ちまで短く扱うものではない。
進行中・保留中の仕事は、どう残すか
案件ごとに「現状/次の行動/期限/担当・確認先/参照資料」を書く。「業者へ確認中」だけでなく、たとえば「見積依頼を送付済み/回答予定日の翌営業日に未着なら確認/発注前に責任者の承認が必要」と残す。確定事項と未確認事項を分け、引き継ぐ時点の状態を日付付きで示す。後任が未定なら、管理者と暫定の担当・確認先を決める。
後任へ渡す日を境に、書類の中の仕事まで全部終わったような顔をしてはいけない。対応中、調整中、確認中。中という字を並べるほど、次に何をする人間がいるのかが見えなくなる。
森が正捕手であることと、次に入る捕手へ何を任せられるかは別の話だ。競争があった、とだけ聞いて、次の者が勝手に覚えたことにしてしまうのも早い。名前を置けば、仕事もそこへ収まるというものではない。
私は、引き継いだという言葉で、まだ残る仕事まで過去形にする幹部を信用しない。自分の人事発表は日付を細かく確かめるくせに、部下が明日どこへ確認するかは曖昧で済ませる。その細かさを使う場所が逆なのである。
資料を渡す前に、何を確認するか
後任者が資料と参照先を開けるか、必要な権限があるか、最初の作業を進められるかを一緒に確かめる。実行して迷った箇所は資料へ戻す。権限は正式な手続きで引き継ぎ、個人のパスワードは書かない。機密や個人情報は承認された保管先・共有範囲で扱う。引き継ぎ後の質問先は組織で決め、退職者の個人的な対応を前提にしない。
保存場所の名前が揃わないなら、ファイル名と版数の付け方の問題もある。説明を読んで止まった箇所は、質問するときの整理へつなげられる。担当者一人がいなくなるたび全体が止まるなら、仕事の属人化として管理する側が考える話になる。
水谷への指導では、守備という大きな言葉を、足の運びまで下ろしていた。会社で、実務は後任に任せたと言うなら、どこまで動けるかを見た者もいるはずである。辞令だけ読んで任せた顔をする上司は、その点になると口数が減る。
廣岡は、昔の巨人の競争のやり方を、ほかの球団へそのまま押し付けてもいけないと論じている。巨人で通ったというだけで、説明を省いてよいわけではない。もっとも、説明を省かないために、巨人でどうだったかを先に詳しく聞く時間は要る。そこを省いた説明が親切だとは、私には思えない。
まとめ
引き継ぎ資料は、業務一覧と期限、手順の参照先、判断先、未完了案件を軸に作る。進行中の仕事は次の行動まで残し、後任の閲覧権限と最初の実行で確かめる。全部を一冊に写すより、必要な情報にたどり着ける形にする。
資料が短くなったことを、そのまま引き継ぎの進歩とする必要はない。森のいた巨人の捕手の仕事を、捕球、送球、以上とまとめたら、確かに短くはなる。その二文字ずつに何が入っていたかを知らなければ、短くした値打ちもわからない。
手順は新しくして構わない。ただし、昔の仕事を省略してよいかどうかまで、新しく来た者だけで決めるものではない。長くかかった仕事には、長く説明されるだけの格がある。










