部下を褒めることが大切だと言われ、上司が急に、いいねと言い始める。資料を見せても、報告をしても、同じ言葉が返ってくる。何がよかったかは分からないが、上司が褒める練習を始めたことだけは伝わる。
黙っているよりよい場合はある。しかし、褒め言葉の数だけを増やして、仕事を見たことにしてはいけない。気の利いた一言を探す前に、相手が何をしたのかを確かめる話である。
部下を褒めるときは、何を伝えればよいか
実際に見た行動と、どの点がよかったかを具体的に伝える。「この一覧は確認が必要な箇所を分けてくれたので、判断しやすかった。ありがとう」のように、自分や周囲にどう役立ったかを添える方法がある。見ていない努力まで想像で評価したり、大げさに持ち上げたりしない。
すごい人だ、と言うだけなら、その人の仕事を知らなくても言える。資料のどの部分で助かったのかを話すには、少なくとも一度は読まなければならない。上司の言葉が毎回同じになるのは、語彙より先に、見ている場所を確かめる必要がある。
福本豊は、高校での朝の打撃練習で、監督からミートのうまさを褒められたと回想している。野球で初めてうまいと言われ、喜んでバットを振ったという。後の盗塁王へ、足が速いと声を掛けた話ではない。その場で打った動きを見ていた。
私は、後から知った実績に合う長所だけを探すのは、人物を見たことにならないと思う。福本の名前を聞けば走塁しか思い出さない者が、その朝の打撃を見て何と言えたか。名簿の肩書を読んでから褒めるのなら、本人より紹介文を見ている。
他の人や性格と比べて褒めてもよいか
「他の人より優秀」「君にしてはよくできた」といった比較より、本人がした仕事に沿って伝える。好みや親しさを能力の評価と混ぜず、性別・年齢などの属性を持ち出さない。以前からの改善に触れるなら、何がどう変わったかを示し、過去の失敗を人前で蒸し返す形にしない。
褒めるつもりで、別の社員の仕事まで下げる上司がいる。それでは、今度は誰と比べられるかが気になる。仕事のよかった箇所を一つ伝えるために、部署の順位表を毎回作り直す必要はない。
廣岡達朗は、巨人で一塁を守っていた川上哲治に口答えをしたことがあっても、よい送球は褒めてもらえたと書いている。扱いやすい後輩かどうかと、その球がよいかどうかは、少なくとも同じ判定ではなかったという回想である。
私は、返事が気に入ったから資料もよいという上司には、川上のその区別を聞いてもらいたい。もっとも、今の上司が、自分も川上と同じ厳しさだと名乗るのは早い。相手の口答えを覚える前に、よかった仕事を同じだけ覚えているかを確かめる話になる。
褒めるタイミングと、人前で伝えるときの注意点
行動を確認でき、相手がどの仕事のことか分かる時機に伝える。全員の前での紹介を喜ぶとは限らないため、本人の希望や普段の受け止め方にも配慮する。顧客情報や個人的な事情を無断で広めず、個別に伝える方法も選べる。返事や喜ぶ表情を要求しない。
朝礼で名前を呼んだのに喜ばなかった、と不満を持つ上司もいる。相手の仕事を認めたのか、自分が褒めたところを全員に見せたかったのか。感謝を伝えた後に、受け取った側の表情まで採点すれば、仕事が一つ増えてしまう。
川上は、廣岡へ送球の目安を具体的に示していたという。よい球を褒めたという話には、何を求めていたかが先にある。昔の巨人の厳しさを、声の大きさだけで説明する者は、その前の指導を省いている。
上司が昔は褒めなくても育ったと言うなら、何を見ていた先輩なのかまで説明してほしい。ただ黙っていたことと、よい動きを見分けていたことは違う。巨人の昔の名前を借りて、自分が部下を見ていない時間まで伝統へ加えては困る。
褒めることと、注意や評価はどう分けるか
よかった点はその事実として伝え、改善が必要な点は別に具体的に確認する。褒めた直後に毎回否定して打ち消したり、人格の評価へ広げたりしない。称賛だけで給与・業務量・役割などの調整を済ませず、必要な支援や正式な評価はそれぞれの手順で扱う。
任せると言ってから、何がよければ完成かを変えてしまうなら、丸投げと任せることの違いにも関わる。本人が自分の工夫を整理する場合は、仕事の振り返りに書く項目とは別の作業である。上司の称賛と、本人の気づきを同じ言葉へ揃える必要もない。
福本は、巨人の柴田勲が一つ走れば、自分はさらに走ろうと意識していたと話している。一方で、盗塁の実績を比べる話になっても、柴田らが先輩であることを忘れない。数字で競うことと、人の扱いまで同じ順に並べることを分けていた。
私は、その分け方は残してよいと思う。若い者の仕事がよければ、そこは認める。だからといって、次の会合で先輩より先に話し始める権利まで、一緒に渡したことにはならない。資料の出来と、誰から話を聞くかは、同じ表で採点する項目ではない。
まとめ
部下を褒めるときは、実際の行動とよかった点、役立ったことを具体的に伝える。他人との比較や大げさな人格評価を避け、場所や伝える時機にも配慮する。称賛で改善点を隠したり、必要な支援・仕事の調整を置き換えたりしない。
福本の仕事は立派である。そう認めたうえで、柴田を、追い越された側の名前だけにしてしまうのは感心しない。競っていた相手がどのような先輩だったかを残してこそ、よい仕事をした話も厚くなる。
若い者が一つよい仕事をしたら、その一件は十分に褒めればよい。先輩の話には、それ以前の仕事がある。今の一件を褒めた勢いで、昔の巨人まで順位をつけ直してしまうから、褒める側の勉強が足りなくなるのである。









