よい物を探していたはずが、いつの間にか、よい評判を探している。星が多いと安心し、一つ悪い感想があると不安になる。品物はまだ届いていないのに、こちらの評価だけ何度も変わっている。
口コミが信用できないから、何も読まない。それも早い。読むなら、何点だったかより、何を見てその点をつけたかである。点数だけ引き受けて、理由を人任せにしてはいけない。
口コミは、星の数が多ければ信用してよいか
星の平均だけで決めず、評価件数、投稿時期、使った条件、よかった理由を一緒に読む。何点以上なら安心という共通の基準はない。自分が買う型番やプランと同じか、知りたい機能や使い方への評価かを確かめ、仕様は公式の商品説明でも確認する。
巨人へ入ったばかりの堀内恒夫は、二軍キャンプで、投手と内野手の練習を一日おきにしていたと振り返っている。後に知られる投手の姿だけを見て、最初から一軍で投げる話が片付いていたことにしては、途中の判断が消える。
本人の回想では、北川芳男コーチが、川上哲治監督と藤田元司コーチへ推薦した。球は速いが制球には課題がある、という内容だった。一軍で結果を出し、オープン戦の途中から上へ行ったという。長所だけの推薦ではなかったのである。
私は、この速いがという部分を評価する。よい投手です、とだけ言うなら短く済む。何がよく、何がまだ不安なのか。そこが残っていれば、見る側にも仕事がある。素晴らしい、間違いないと並べられたら、確認する場所まで見えなくなる。
高評価と低評価が食い違うときは、どう読むか
評価の高さより、理由が自分の使い方に関係するかを見る。「軽くてよい」と「小さすぎる」が同じ品物につくこともある。好みの違いと、故障・寸法・対応条件など確かめられる事項を分ける。同じ問題が繰り返し挙がっていても、それだけで原因や発生率までは断定しない。
不満が一件あると、その品物全部が悪くなったように扱う人がいる。反対に、ほめる人が多いと、不満の理由を読むのをやめる人もいる。どちらも、書いた者の気分を、そのまま自分の判断にしている。
堀内についても、制球に不安があるという説明だけなら、推薦しない結論に持っていくことはできる。しかし北川は、速い球を持っていることも伝えた。欠点を一つ見つけたから、見る仕事まで終わるわけではない。
巨人のコーチが、世間で評判がよいので使いましたと言うなら、私は困る。評判を読んだ者はほかにもいる。そこから何を見るかが、ベンチへ入る者の仕事である。人数の多い意見を持ってきただけで、眼力のある顔をしてはいけない。
怪しい口コミや広告は、見分けられるか
広告表記や商品提供・謝礼の説明、具体的な使用状況、投稿者と販売者の関係を確認する。ただし、星の偏りや似た文章だけで、やらせと断定することはできない。広告表記がないだけで独立した感想とも限らない。確認できない主張は保留し、別の情報源や公式の条件と照らす。
広告だから全部が嘘だ、という話でもない。自分で使った感想なのか、誰かの説明をまとめたものなのか。その違いを知りたい。ほめ言葉が立派でも、何を確かめたかが一つもわからないなら、こちらに残るのは形容詞ばかりである。
北川が誰を推薦し、誰がそれを受けて見るのか。あの話には、人の働きが見える。ところが、みんなが認めている、という説明になると、そのみんなへ一人ずつ質問することもできない。大勢の名前を借りる者ほど、自分の見たところを短くする。
巨人の昔の指導者を並べて、伝統を受け継いでいますと言うだけの者にも、同じことを聞きたい。川上や藤田の名前を出す前に、いま誰のどこを見たのか。立派な名前を後ろへ置けば、前に立つ者の説明まで立派になるわけではない。
口コミを調べすぎて、決められないときは
先に必要な条件と譲れない点を少数決め、その確認に関係する口コミを読む。不明な仕様や返品・解約条件は販売者の案内で確かめる。確かめても判断材料が足りなければ、購入を保留する選択もある。すべての人が満足する品物を探す必要はない。
急いで買いたくなる場面では、衝動買いを減らすための確認も先に置ける。継続する契約なら、感想のよさと、自分が使う期間・料金は別である。サブスクの見直し方にもつながる話だ。
堀内の話を、最初から成功を見抜いていた美談に揃える必要はない。長所を聞き、実際に使い、結果を見た。その間に判断があった。最後の成績を知ってから、最初の推薦まで満点だったことにしてしまうと、何を見ていたのかが薄くなる。
一方で、昔の巨人で投手を見てきた者の一言を、昨日から見始めた百人の感想と同じ重さにするのも、私は賛成しない。全員の票を平らにすれば公平だというが、見てきた年月まで平らになったわけではないのである。
まとめ
口コミは星の数だけでなく、使った条件と評価の理由を読む。高評価・低評価とも自分の用途との関係を確かめ、広告や提供の説明、公式仕様、購入条件でも補う。真偽を断定できない感想に、買うかどうかの判断を全部預けない。
よい推薦には、どこを見ればよいかが残っている。北川の話を、堀内をほめた一票として数えただけでは、速い球と制球の両方を伝えた意味がなくなる。
それでも票数が足りないと言うなら、昔の巨人で誰を見てきた人間かを先に数えればよい。経験のある一人に、知らない九十九人を足して安心する必要はない。足りないのは評判の数ではなく、その一人の言葉を受け取る側の格である。









