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趣味が続かないのはなぜ?道具選びより先に見直したいこと

描きかけの葉の絵と絵の具、筆を置いた小さな机と椅子のイラスト。

趣味を始めようと思って道具を調べる。比較して、選んで、届くのを待つ。ここまでは実によく続く。ところが、箱を開けたあたりから急に忙しくなる。休日には時間があるはずだったのに、使う予定だけが見つからない。

私は、趣味をたくさん持っているから立派だとは思わない。持っている物の説明なら長くできるが、最後に使った日を聞くと短くなる。それでは趣味ではなく、品物の紹介を覚えたことになる。

目次

趣味が続かないのは意志が弱いからか

意志の弱さだけで決めつける必要はない。準備や移動の負担、使える時間、費用、楽しみたい内容が今の生活に合っているかを分けて考えられる。まずは道具を広げる、短い区切りだけ試すなど、実際に始められる大きさにする方法がある。

週末に二時間の空きができたら始めるという人がいる。その二時間は、いつ現れる予定なのか。予定にない時間を頼みにしながら、自分は根気がないと反省していても、始まる日は決まらない。

柴田勲が巨人で両打ちへ転向したとき、左手で箸や急須を使ってみたことがあったという。左手が器用になればよいのかと考えたが、本人は、打撃とは関係がなかったと振り返っている。結局は、バットを振り、球を打つ練習へ向かった。

取り組んだ時間が全部無意味だったという話ではない。何をしたら、やりたいことに近づくのかを確かめたのである。絵を描きたい人が、机を買い替えるところから始めれば、机の寸法には詳しくなる。しかし、線はまだ一本も増えていない。

巨人で左手を使うだけでは打てなかったのだから、立派な準備をしたという説明だけで、私が納得すると思われては困る。何を買ったかより、何を一度やってみたかを先に聞きたい。

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道具をそろえてから始めたほうがいいか

最初から一式そろえる必要はない。安全に試すための最低限を確かめ、手元の物、レンタル、体験講座などで始められるかを考えられる。必要な物が実際にわかってから追加すれば、買うことと続けることを分けて判断しやすい。安全装備や指導が必要な活動では、それを省かない。

道具がよくなれば、できることが増える場合はある。それは認める。ただ、道具の説明が増えたことまで、できることが増えたと数えてはいけない。高い物を選んだ理由が詳しくなるほど、使っていないことへの説明も長くなる。

柴田が両打ちへ移るとき、手本となる米国の選手を川上哲治監督から挙げられても、本人はその選手を知らなかったという。牧野茂コーチの説明を参考にし、バットを一握り短く持ったと話している。手本の名前を覚えるだけでなく、自分の持ち方を変えたのである。

いまは手本の映像も、道具の紹介も、いくらでも見つかる。その分だけ始める場所から遠ざかるなら、便利になったのは見物のほうだ。私なら、新しい道具を見せられても、まず手元の物で何が不便だったのかを聞く。

先輩が長く使っていた物なら、その説明には時間を取る。新製品の説明と同じ長さにそろえる必要はない。使われてきた年月まで、箱に印刷されている機能の数で比較するのは乱暴である。

上達しないと趣味を続ける意味はないか

上達だけが趣味の目的ではない。作業そのものが楽しい、気分を切り替えられる、人と過ごせるなど、自分が求める楽しみを目安にできる。上達したい場合も、他人の完成作だけで比べず、前の自分との小さな違いを振り返る方法がある。

始めたばかりの人が、長く続けた人の一番よい場面と並べて、自分には向いていないと言う。どれだけ長く続ければ、やらなくてよいという結論へたどり着けるのか。比較する相手を選ぶところだけ、ずいぶん厳しい。

柴田の投手から野手への転向は、本人が喜んで望んだ変更ではなかった。肩の不調が続く中で監督から命じられ、投手を続けたい思いもあったという。最初から、新しい役目を好きだと説明できたわけではない。

もちろん、仕事として打席に立つ選手と、休日に好きなことをする人を、同じ成績表で扱うつもりはない。それなのに趣味の話へ、何を達成したのか、いくら稼げるのかと聞いてくる人がいる。せっかく仕事を終えた人に、別の査定表を持って来てどうするのか。

私は、楽しみで続けているという答えでもよいと思う。ただし、巨人の昔の話を材料にして何かを始めたのであれば、そこから何を受け取ったかは聞く。成果を売る必要はないが、教わった話への返事は別に残っている。

休んだ趣味はやり直したほうがいいか

毎日続けることや、最初からやり直すことを義務にしなくてよい。戻りたければ、前に楽しめた小さな作業から再開できる。今の生活に合わなければ、休む、頻度を落とす、やめるのも選択肢になる。使った費用だけを理由に、さらに出費を重ねる必要はない。

しばらく触らなかったから、また入門の道具を調べ直す。それで買い物だけは二年目へ進む。前の道具が使えるなら、いったん触ってみればよい。新しく始める気分と、再び使うことは同じではない。

続けた日を数える仕組みにも、使い方がある。空欄が一つできたので全部失敗だというなら、趣味よりも記録を守る仕事になっている。休んだ日の説明ばかり増やしても、次に何を楽しむかは決まらない。

ただ、教えてくれた先輩に会って、もうやめましたと一言で済ませるのは少々早い。どこまで試して、何が合わなかったのかを聞けば、こちらにも説明することが出てくる。その説明まで終えてから、休む期間を考えても遅くはないと私は思う。

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まとめ

趣味が続かないときは、準備・時間・費用の負担を分け、今の生活で試せる小さな形に変えられる。道具の購入や上達だけを目標にせず、楽しめる部分があるかで考える。休むことや、別の楽しみに移ることまで失敗と数える必要はない。

私は、何種類の趣味を始めたかより、続けている一つについて話せる人の説明を聞きたい。柴田の話も、左手で生活したという珍しさだけ覚えていては、その後、何を変えたのかが抜けてしまう。

もっとも、先輩が長く続けたことについて説明を始めたら、こちらの予定だけで短く切り上げてはいけない。趣味には、時間を忘れる楽しみもある。まず、話している先輩の時間から認めるべきである。

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この記事を書いた人

何事も、まず基本から。聞かれていないことにも、答えはある。

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