日報に書くことがないという。同じ伝票を処理して、同じ問い合わせに答えた。昨日と違う感想を求められても、仕事の方は昨日とそう違わない。
私は、毎日新しい気づきを書かせる上司に、何を読むつもりなのか聞きたい。部下の日報で自分が感動したいのなら、それは業務の報告ではなく、上司のための読み物である。
日報には、作業と進み具合を分けて書く
日報は、何をしたか、どこまで進んだか、残っていること、次にすることを分けると読み手が状況を把握しやすい。会社の指定書式・記載範囲がある場合はそれを優先する。
- 作業内容:どの案件・定型作業を担当したか
- 進捗:完了した範囲や、確認できる件数
- 未完了・相談:残件と理由、判断してほしいこと
- 次の予定:続ける作業と、着手の条件
「資料作成」とだけあれば、表紙を作ったのか、数字の確認まで済んだのか分からない。一方で、一日中の動きを分単位で写せば分かるというものでもない。報告書の行数を仕事量と取り違えると、書くための仕事が増えてくる。
工藤公康は西武に入ったころ、毎日長い時間を投内連携に費やしたと振り返っている。一塁のベースカバーでは、ボールを見ながら、ベースを見ずに踏めるところまで求められた。同じ練習という名前でも、どこまでできているかは同じではない。
同じ業務が続く日の記入例
同じ作業名を毎日使ってもよい。対象・完了範囲・残件の変化を記し、変わらないことまで無理に別の表現へ書き換えない。
以下は架空の一般事務の例である。件数の多さを評価する基準ではなく、進み具合を見分けるために置いている。
| 日 | 記入例 |
|---|---|
| 月曜 | 申請書20件を確認。18件完了、2件は添付書類待ち。担当者へ確認を依頼済み。明日は回答の確認と新規受付分を処理。 |
| 火曜 | 昨日の保留2件は書類到着により完了。新規15件のうち1件は判断基準が不明のため保留。処理区分について上長へ相談。 |
| 水曜 | 保留1件は上長の回答を受けて完了。新規12件も確認完了。現時点の未処理なし。明日は月末集計へ着手予定。 |
三日続けて反省を変える必要はない。昨日残った二件はどうなったか。それを読めるだけで、日付を変えた意味がある。「本日も丁寧に取り組みました」だけなら、昨日の日報をもう一度ほめれば済んでしまう。
工藤が毎日別の練習名を考えていたわけではない。基本が繰り返されることと、毎日が空白であることは違う。その違いを自分の目で見ない管理職ほど、日報の言い回しに新鮮さを要求する。
困りごとは、日報の提出時刻まで寝かせない
期限や他の人の作業に影響する問題は、日報とは別に職場の連絡手段で早めに知らせる。日報には、何をいつ誰へ連絡し、何の判断を待っているかを残す。
記入例:「14時に担当者へ不備を連絡。17時時点で回答待ち。明朝まで未回答なら上長へ対応を相談」。相手がまだ約束していない回答時刻を、確定した予定として書かない。
私は、提出された日報を翌週にまとめて読む上司が、なぜすぐ知らせなかったと怒る姿を信用しない。毎日読む仕組みを作りながら、読む仕事だけ週単位になる。書かせる側の滞留は日報に載らないらしい。
投内連携なら、投手が動いたあとで野手が気づいても間に合わない。巨人の指導者を名乗る者が、数字を眺めただけで練習を見たつもりになるのも同じことである。私なら、報告欄を増やす前に、その上司が昨日どこを見たのか報告を受けたい。
書くことがない日は、変化なしの範囲を明らかにする
本当に変化がない場合は、確認した対象と現在の状態を短く書く。未確認なのに「問題なし」と断定せず、日報が必要かどうかの運用改善は提出者個人の判断と分ける。
例えば「継続案件Aは先方回答待ち。本日は回答なし。新規依頼なし。明日午前に状況確認予定」と書けば、作業を作り上げずに現在地を伝えられる。
自分の学びを整理する作業と、他人へ進捗を渡す作業も別だ。前者は仕事の振り返り方で扱っている。日報の空欄を埋めるために、毎日自分の欠点を発明することはない。
ただ、上司の感想まで毎日なくてよいとは思わない。部下に同じ基本を続けさせるなら、その出来をどう見たかくらいは言えるはずだ。昔から見てきた者の一言と、初めて読んだ管理職の一言を同じ一行に収めるのも、書式が公平すぎる。
まとめ
日報は作業名の言い換えではなく、完了範囲・残件・相談・次の予定が分かる形にする。定型業務には同じ項目を使い、緊急の連絡は提出時刻まで待たない。
工藤には、一塁のベースを見なくても踏めるところまで繰り返させた。本人も、最初は見ずに踏めるはずがないと思っていたという。それが、踏めるときが出てきて、いつでも踏めるようになった。私も夜間練習へ顔を出し、投手も野手も見ていた。
練習をしたという報告だけなら、最初の日から書ける。だが、できるようになったかどうかを決める仕事は、教えた側に残っている。
会社の上司も、部下の日報を読んで終わりにせず、自分が何を見て、どこまでできたと判断したのかを、昔の指導係へ説明すればよい。部下の報告は四つの欄で済んでも、教える側の見立てまで四つに収まるとは限らない。
先輩から、まだ見ているところが違うと言われたら、翌日も同じところを見る。今は仕事の進め方が変わったというなら、昔教わったことの、どこが不要になったのかを説明する。その説明を聞いてよいと判断するのも、先輩の仕事である。
それで上司の報告が毎日長くなっても、部下の日報は短く済んでいる。効率化する相手を間違えてはいけない。教わったことが身についていない人間の説明まで短くしてしまえば、いつまでも教育が終わらないのである。











