資料は完成した。数字も確かめた。それなのに発表する時刻が近づくと、最初の一言をどこへ置いたか分からなくなる。画面の中では説明が整列しているのに、話す本人だけが順番待ちをしている。
私は、緊張したかどうかだけで発表を採点するつもりはない。平気な顔で中身のない話をする者もいる。落ち着いて見せる練習より先に、何を伝え、止まったらどこから戻るかを用意しておきたい。
プレゼンで緊張するとき、何から準備するか
聞き手に伝えたいことを一文にし、冒頭の言葉と説明の順序を用意する。発表時間と質疑の時間、使える機器も確認する。緊張をなくしてから話すことを条件にせず、要点を確かめながら進められる準備を目標にする。
最初の一言を、その場の勢いへ任せなくてよい。たとえば「今日は、来月の受付方法を変える案について説明します」と始められる。立派な挨拶を探しているうちに、自分が何の説明へ来たのかまで遠くなるのはもったいない。
巨人の斎藤雅樹は、開幕投手には独特の重圧があったと振り返っている。周囲が始球式の話題でにぎわっていても、自分はじっとしていて、セレモニーを見る楽しみもなかったという。開幕戦で三年続けて完封した投手にも、本人なりの重さがあった。
あの斎藤でさえ、と聞いて、若い社員へ同じ重圧に耐えろと言いたいのではない。平気そうに見えるかという基準が、ずいぶん粗いのである。部長が自分は緊張しないと言っても、それだけでは、部長の説明を聞く者まで安心できるとは限らない。
練習は資料を読み返すだけでよいか
画面を眺めるだけでなく、声に出して時間を計り、本番に近い順序で通してみる。言いにくい箇所や時間が足りない箇所を直し、可能なら一人に聞いてもらう。会場やオンライン接続の確認、資料の切替も、できる範囲で練習に含める。
読める資料と、声にして説明できる資料は同じではない。目で読めば一瞬の表でも、何の数字かを相手へ伝えるには時間が要る。資料をきれいにしたあとで、話す人間にも一度使わせる。それを本番まで取っておく理由はない。
斎藤の開幕戦の回想を聞くと、私は、周囲と同じ顔をしていないことまで直す必要があるのかと思う。本人にはこれから投げる仕事がある。にぎやかな者へ合わせてからマウンドへ行くのでは、準備の順序を誰が決めているのか分からない。
会社でも、練習中に上司が急に別の質問を浴びせて、これくらいで動揺してどうする、と始めることがある。何を確かめる練習なのかを、教える側が忘れている。私なら、まず予定した説明を最後まで聞く。途中から自分の演説へ変える部長の練習は、そのあとでよい。
本番で頭が真っ白になったらどうするか
いったん話を区切り、手元の要点や見出しを見て、次の項目から再開する。「ここまでの要点を確認します」と戻る方法もある。原稿やメモを使うこと自体を失敗としない。負担が強い場合は、事前に進行役と分担や発表方法の調整を相談する。
文章を一字も違えず戻そうとすると、抜けた一語の捜索が始まる。聞き手が待っているのは、その一語が見つかったという報告ではなく、用件の続きである。資料のどこから再開できるかが見えれば、最初から全部をやり直す必要はない。
一九九四年の「10・8」決戦を前に、長嶋茂雄が全体ミーティングで勝てると繰り返し伝えたことを、斎藤は回想している。本人の記憶では、その言葉が「勝つ!勝つ!勝つ!」だった。何を言いたかったかが、長い年月のあとにも残っている。
だから会社でも同じ三語を繰り返せばよい、という話ではない。長嶋が巨人の選手へ言った場面まで外して、短い言葉だけ借りても中身は引っ越して来ない。部長が急に三回繰り返したら、若い者には、次の資料が開かないのかと思われるかもしれない。
質問されるのが不安なときは
根拠・条件・別案など、聞かれそうな点と参照先を準備する。本番では質問の意図を確かめ、分からないことは推測で答えず、確認して返す方法と時点を伝える。強い苦痛や生活・仕事への支障が続く場合は、一人で練習を増やすだけにせず、相談窓口や専門家への相談も選択肢になる。
質問への返事を全部暗記しておけば安心だ、と言う上司がいる。しかし、質問する側まで上司が書いた台本を持って来るわけではない。何を調べれば答えに戻れるかを用意する方が、知らない数字をその場で作るより、ずっと誠実である。
斎藤は、あの決戦の前に三本柱全員が長嶋の部屋へ呼ばれた、という話について、自分は呼ばれていないと語っている。槙原寛己と桑田真澄は呼ばれたと言うが、自分の記憶は分けて話していた。大試合の話だからといって、全員の記憶を一つの筋へ揃えていない。
会社の説明も、詳しい者が知らないと言ったところを、話の形がよいからと埋めてしまっては困る。ただし、あの巨人の一日を知る者が、覚えていないと一度区切るなら、そのあとに思い出すまでの時間は取りたい。部長の推測を短くする時間と、同じ長さには数えない。
まとめ
プレゼンで緊張するときは、伝える要点・冒頭・説明の順序を用意し、声に出して時間を計る。止まったときに戻れるメモと、質問の確認先も準備する。原稿や進行上の配慮を使いながら、必要なことを伝えられる形を探す。
私は、斎藤が開幕戦の前に楽しそうでなかったことを、投手として足りない点には数えない。長嶋の短い言葉も、文字数だけで評価するつもりはない。話す者と、その場にいた者の年月まで見なければ、言葉の重さは決まらない。
長嶋のように一言で伝えたいという部長には、まず、あの巨人の一日を最初から説明してもらう。そこが済むまでは、原稿を読む側にいてよい。三回繰り返す権限まで、言葉だけ借りた者へ渡すつもりはない。










